デザイン思考について概要を整理してみた

2023.08.23

こんにちは、CX事業本部デザインチームの小峰です。

前回の記事ではLEAN UXを通して、デザインプロセスと開発のプロセスについて考えてみました。その中では様々な領域について言及しています。LEAN UXはそういった様々な要素が絡み合ったものになっています。

今回はその中でも「デザイン思考」を少し掘り下げてみたいと思います。主な情報源となる書籍やURLは下記です

  • デザイン思考が世界を変える: イノベーションを導く新しい考え方(原題:Change by Design)
  • 実践 スタンフォード式デザイン思考
  • Google re:Work

前回同様に注意点を。すべてを理解し実践することは極めて難しく、私の読み解いた範囲での解釈のひとつでしかありません。間違いもあるかもしれませんので、その点はご留意ください。

そもそもデザインとは?

デザインとは広い意味を持つ言葉です。一般的な日本人の感覚だと「なんだかすごくかっこいい見た目をつくること」といった印象を持つ方が多いかもしれませんが、言葉の意味としてはもっと広いものです。

〈絵画などの〉下図[図案]を作る; 〈建築・衣服などを〉デザインする,設計する.
〈…を〉計画する,立案する; 企てる.
(機械・建築などの)設計; デザイン.
図案,下絵,素描; 設計図; 模様,ひな型.
計画,目的,意図

引用:英語「design」の意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書

ご覧の通り、設計や計画、目的や意図という意味も込められた言葉です。

デザイン思考とは?

この「デザイン」という言葉に「思考」をつなげた言葉が「デザイン思考」です。前回の記事でも記載したIDEOのティム・ブラウン氏の言葉を改めて引用しましょう。

人間を直接的に観察することを原動力とするイノベーション手法。人々が暮らしのなかで何を望み、必要としているか、特定のプロダクトの製造やパッケージング、マーケティング、販売、サポートの方法で何を好み、好んでいないかを直接的に観察することを原動力とするイノベーション手法である 人々のニーズを技術的に実現可能なことと、事業戦略によってユーザー価値と市場価値に転換できるものに適合させるために、デザイナー的な感性や手法を用いる方法である

また、デザイン思考はGoogle re:Workでも言及されています。(参考:Google re:Work - ガイド: デザイン思考でイノベーションを生み出す

ここでは下記のような記載があります。

デザイン思考の根幹にあるのは、アイデアはどこからでも生まれ、誰もがイノベーションを起こせるという信念です。

どちらにも共通の言葉があります。「イノベーション」です。日本語では「技術革新」と訳されることが多いようですが、本質的には技術に限らず広い概念を持つ言葉で、「革新」「刷新」「変革」といった意味を持つようです。よりビジネス寄りに言い換えると「斬新な発想や技術によってこれまでの体系から脱却ないし破壊する、全く新しい市場開拓や社会的影響力を持つプロダクトやサービスを生み出すこと」といった感じかなと思います。

かなり仰々しいですね。この文脈と先のGoogle re:Workで書かれている内容を踏まえると、

誰もが全く新しい市場開拓や社会的影響力を持つプロダクトやサービスを生み出すことができる

という解釈になります。これが信念であり理想なのは間違いありません。が、正直なところリアルからはちょっと遠いな、とも思います。スタートアップ企業の創業者のような方々はこういった強い信念を持って活動をしているでしょう。しかし、誰しもが新しい市場開拓や社会的影響力を持とうとはしていないのではないでしょうか。誰でも目指せるとはいえ、誰もが目指してるわけではないと思います。

多くの人々の目の前には現実の「仕事」があります。

私としてはこの「イノベーション」という言葉にも程度があると考えます。実はGoogle re:Workにも、

イノベーションは新しいアイデアを取り入れて形にし、それを試して実装するプロセス

と書かれています。革新的で大規模な何かを示すだけではありません。

ここでは「大きなイノベーション」「小さなイノベーション」と分けてみます。

「大きなイノベーション」は前述の全く新しい市場開拓や社会的影響力につながるプロダクトやサービスに該当するとしましょう。では「小さなイノベーション」とは何でしょうか。

「アハ体験(a-ha moment)」という言葉があります。ドイツの心理学者カール・ビューラー氏の提唱したもので、未知のものごとの近くを通して、今まで全く理解できなかったことや思いつかなかったことが閃く瞬間を指す心理学上の概念です。日本では茂木健一郎氏が昔テレビなどでよく言及していましたね。同義語として「エウレカ効果」とも言われるみたいです。

アハ体験(エウレカ効果)は以下の4つの特徴を持ちます。

  1. アハ体験は突然生じる
  2. 問題解決がスムーズに行われる
  3. 肯定的な感情(歓喜)を引き起こす
  4. 閃いた人は確信する(疑わない)

日々、仕事をしていてどうしようかと悩むことは多いと思います。ディスカッションをしていて「うーむ……」と腕を組んで考え込むこともあるでしょう。そういったとき誰かが「○○すればいいのでは?」といった発言で「それいいね!」と膝を打った経験を持っている方は多いのではないでしょうか。

このビビッと来た瞬間とそれによる問題解決、肯定的かつ確信的な感情がアハ体験、エウレカ効果の一種だと思います。厳密には閃いた人の体験がアハ体験かもしれませんが、それを聞いた側へ伝播することもあるでしょう。

かなり大雑把ではありますが、私としてはこれもある種のイノベーションであり「小さなイノベーション」の一種と定義できると考えています。

そしてこの現象は「知識や考察の積み重ねが完了した後に、しばしば現れる」そうです。

いよいよ繋がってきました。

知識や考察の積み重ねが、アハ体験を生みます。それは小さなイノベーションの一種です。

改めてティム・ブラウン氏の定義と照らし合わせて整理してみると、

デザイナー的な感性や手法によって、知識や考察の積み重ねること = デザイン思考

となります。そして冒頭にお伝えしたように、デザインという言葉には見た目を作るだけでなく「設計」「計画」「目的」「意図」といった意味も込められています。

つまり、デザイン思考とはこれらを深く探求することで大小のイノベーションにつなげていく考え方や技法であると言えるでしょう。

成功するアイデアの3つの重なり

デザインプロセスの最初の段階は様々な制約を受け入れることです。この制約は成功するアイデアの3つが重なり合う条件と照らし合わせると理解しやすい、とされています。

  • 技術的実現性
    • 現在またはそう遠くない将来、技術的に実現可能かどうか
  • 経済的実現性
    • 持続可能なビジネスモデルの一部となるかどうか
  • 有用性
    • 人々にとって合理的で役に立つかどうか

この3つすべてを追求したくなりますが、「デザイン思考」ではこの3つのバランスを取ろうとします。書籍「デザイン思考が世界を変える: イノベーションを導く新しい考え方」では任天堂のWiiが事例として挙げられています。

ゲーム業界でのハードウェアはより高度なグラフィックを求めて熾烈なスペック競争を繰り広げていました。任天堂はそこから脱却し、ジェスチャーが可能なリモコンと手頃なスペックのハードを匠に組み合わせ、没入感のあるゲーム体験を生み出しました。これによって他社と比較した際にグラフィックの質は下がりましたが、敢えてそうすることで、ゲーム機の価格を下げ、利益率を上げることができたのです。つまり、前述の技術的実現性、経済的実現性、有用性の見事なバランスを取ることで、制約の中から優れたユーザー・エクスペリエンスを生み出すことに成功しました。

こういった考え方はイノベーションのジレンマとも近いものがありますね(参考:イノベーションのジレンマ|グロービス経営大学院 創造と変革のMBA )。

そして下図のように、技術的実現性、経済的実現性、有用性が重なるポイントでイノベーションが起こる可能性が生じるというわけです。

任天堂の事例は、私の解釈で言うところの「大きなイノベーション」に当たるものと考えますが、この3点を意識することは「小さなイノベーション」においても重要となるはずです。

デザイン思考のプロセス

さて、「じゃあ実際どうやったらいいのか?」ということですが、デザイン思考のプロセスは共感から始まる以下の流れとなります。

とはいえ、これは基本的な流れでしかありません。様々な環境や状況によってアレンジして使うことになります。そしてこれらのプロセスは左から右へと一直線に進みません。アイデアまで進んで良い解決方法が見つからなかった場合は定義や共感のプロセスに戻ることもありますし、テストの結果が望ましくないものであれば、プロトタイプの見直しやそもそもの定義を見直すこともあります。この5つのプロセスを行きつ戻りつしながら進みます。

つまり決まった形のフレームワークがあるわけではありません。上記はあくまでも基本形です。シチュエーションに応じて自分たちが使えるように理解し、応用しなければならないということです。スタンフォード大学の学生たちも、いくつものプロジェクトを経験することで、その応用力を身に着けているそうです。

ざっくりとした流れは以下のようなものです。これは書籍「実践 スタンフォード式デザイン思考」が元になっています。

プロセスに入る前のテーマ設定

プロセスに入る前にどんなトピックをテーマとするか決めなければなりません。今どんな問題があって、なぜ解決したいのか? 理想とする状態や状況はどのようなものか? などを考えてみるとテーマが設定しやすくなると思います。

共感(Empathize)

共感のステップでは、ニーズの発見が目的となります。テーマに沿った問題を見つけるための準備です。関係していそうな人々のインタビューを通じてどこに問題があるのかを探るための情報収集です。

定義(Define)

集められた情報源から解くべき問題を特定します。インタビューの結果によっては問題が見つかりにくかったり、問題だらけになってしまうこともあります。しかし、今、自分たちが解決しなければならない問題はひとつに絞る必要があります。

アイデア(Ideate)

問題解決のためのアイデアを考えます。チームでのブレインストーミングが行われることが多いでしょう。多くのアイデアを出し、優先順位の高いものから次のプロセスへ移っていきます。

プロトタイプ(Prototype)

アイデアを実際にテストするため、試作品(プロトタイプ)を作成します。素早くアイデアを試すことが重要です。必要なポイントを押さえ凝りすぎないものつくります

テスト(Test)

プロトタイプをユーザーに触ってもらい、実際にアイデアを評価してもらいます。そこから得られたフィードバックをもとにプロトタイプを改善し、ゴールが見えたらアイデアの実現に向けて動き出します。

Google re:Workによるプロセス

Google re:Workでもデザイン思考のプロセスが紹介されています。ジル E. ペリースミス氏とピエール ヴィットリオ マンヌッチ氏によるもので、4つの段階が紹介されています。

引用:Google re:Work - ガイド: デザイン思考でイノベーションを生み出す

アイデアの創出

この段階で大切なのは、アイデアの質より量です。多ければ多いほど良いのです。完璧な解決策をひねり出すことより、まずあらゆる角度から問題について考え、可能性のある解決策をいくつか考え出します。この段階では、視点が多いほど良いとされています。情報の意外な取り合わせが新しいアイデアを生むきっかけとなることは、往々にしてあるものです。

プロトタイプと実験

複数のアイデアを出したら、体系的な方法でこれを絞り込む必要があります。ここで難しいのは、アイデアの良し悪しを見極めることです。プロトタイピング、つまりアイデアの初期バージョンを試作して小規模のグループで試してみることは、実際に何が使いものになるのかを確かめる優れた方法です。失敗から学び、アイデアを練り直します。この段階では、プロセスを前進させて最初のアイデアを改良するために、精神的なサポートと建設的なフィードバックが重要になります。

サポート

素晴らしいアイデアがあっても、サポートとリソースがなければ、それを次の段階に進めることはできません。イノベーターは、アイデアの実現力があることを意思決定者に納得してもらわなければなりません。その主張を裏付けるには、事前の実験で得たデータが役に立ちます。

実施

この時点で、アイデアは製品やサービスなど形あるものになります。しかし、製品化しただけでは成功とは判断されません。イノベーションは、影響力を示してこそ成功したといえるのであって、そのためには、組織にイノベーションが受け入れられる必要があります。デザイン思考は、アイデアの創出と検証という、イノベーション プロセスの最初の 2 段階を効果的に行うために必要なスキルを個人が身に付けるのに役立ちます。デザイン思考について学ぶことをチームに奨励すれば、企業文化におけるイノベーションの価値が高まり、イノベーションについて共通の言語で語り合うことができ、誰もがイノベーションを身近に感じられるようになります。

デザイン思考のプロセスに決まったやり方は存在しない

これらのプロセスの細部には様々なノウハウ、考え方がありますがここでは紹介しきれません。

また、概要だけ見てもスタンフォード式デザイン思考プロセス、Google re:Workのデザイン思考プロセスは、それぞれ似たものですが微妙に異なっています。どちらが正しくどちらが間違っているということはありません。加えて、デザイナーでなければ扱えないということもありません。デザイナー的な感性を求められるような言及もありますが、デザイン思考は携わる人々がそれぞれの専門性を活かして参加できるものです。

私はここ数年アジャイルを推進していますが、よく「銀の弾丸はない」と言われます。デザイン思考も同様でしょう。

書籍「デザイン思考が世界を変える: イノベーションを導く新しい考え方」ではこのように書かれていました。

本書は「ハウツー本」ではない。デザイン思考のスキルは、実践から習得するのが一番だからだ。本書の目的は、優れたデザイン思考の原理や手法を見分けるのに役立つ「枠組み」をお届けすることだ。

これをやっておけばいい、といった答えのようなやり方がないというのは何とも歯がゆいものです。ですが仕方ありません。なぜなら今の世の中は不確実性が高く、かつ、速いスピードで動くようになったからです。VUCAという言葉を最近よく耳にしますよね。

書籍やネットに膨大なプラクティス(日常的な活動)のノウハウが紹介されていますので、それらを吸収し、実践し、自分たちの状況に合ったものを探り、徐々に自分たちのやり方として最適化していく、という守破離のような考え方が重要かなと、改めて思います。

  • 守:師や流派の教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階
  • 破:他の師や流派の教えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階
  • 離:一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階

それでは今回はこの辺りで。