製造業界隈の最新トレンドをコンパクトに知ることができる書籍「製造業DX EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」

ITと製造業ってなんだかんだ言って遠く感じませんか?その遠さをちょっとでも埋めるために、一つのきっかけとなるめっちゃ良い本です。
2024.02.26

「デジタルツインとかインダストリー4.0とか、製造業DX関連めっちゃ単語があるけれど、なんというか一気通貫で網羅的に把握したい!!」

製造ビジネステクノロジー部発足に伴い新規サービスチームに所属しているハマコーですが、今まであまり馴染みがなかった製造業界を網羅的に把握できる書籍を探し回っていたときに、出会ったこちらの本。今までほとんど知らなかった概念や法律や団体が多岐にわたって紹介されていて、すごく勉強になったのでご紹介。

特に普段情報を入手しにくい、欧州やEUの事例が豊富に記載されていて、そのあたりも気になる人にはオススメです。

製造業がDXでどすこいわっしょいきたか…!!
  ( ゚д゚) ガタッ
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怒涛の勢いやで、ほんま。

書籍情報「製造業DX EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」

日本を代表する産業である製造業。その製造業にもいま、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーといったサステナブルな取組みや、新型コロナウイルスの蔓延、米中の分断やロシアのウクライナ侵略といった地政学リスクに対応するためのレジリエンスなサプライチェーンの実現、世界的な潮流となってきているESGへの対応などが求められています。

本書では、日本の製造業に携わる皆さんの視野が広がり、日本の製造業のDXの取組みが進んでいくように、製造業における日本のDXの現状を踏まえ、欧州連合(EU)/ドイツを中心とした世界の最新事例を紹介します。

Amazon.co.jp: 製造業DX EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略 eBook : 福本 勲: Kindleストア

著者の福本勲さんの著書ページ。

出版日は、2023年12月22日。索引いれて約180ページ。分厚い業界本というよりはペーパーブックという装丁なので、気軽に読み進めることができます。

目次

  • 第1章 デジタル技術の発展と第4次産業革命
  • 第2章 日本の製造業に求められるDXの取組と実現のポイント
  • 第3章 EU/ドイツに学ぶ最新のデジタル戦略
  • 第4章 日本企業はいかに取組むべきか

以下、各章読んでて気になった部分を主に紹介していきます。

「第1章 デジタル技術の発展と第4次産業革命」

改めて、デジタル技術が製造業において、どのような役割を担っているのか、どういう方向性に進もうとしているのかをまとめている章。インダストリー4.0や、ディープラーニング、生成AIなどの新しい技術が、製造業界においてどのように活用されうるのか、すでにどう活用されているのかなど、豊富な事例紹介をもとに把握できます。

インダストリー4.0自体は古くからある概念ですが、ChatGPTをはじめとする生成AIのユースケースが具体的に複数紹介されていたのが参考になりました。何点かこれは!と思ったソリューションを紹介。

マイクロソフト、GPTを活用したソリューションを展示 ーハノーバーメッセ2023レポート② | IoT NEWS

設備保全のような属人化されたプロセスでは、人が文書で書いたメンテナンス記録や添付された報告書データ、写真などが多く存在し、従来のテキスト検索機能で過去の類似事例を探すのは困難であったが、これらを生成AIに学習させることで、きちんとしたフォーマットにまとまっていないと活用が難しかった様々なファイル形式やコンテキストが混在するデータを活用することも可能にしたもの。

既に去年の2023の時点で、ここまでデモがでているのが凄い。今年のハノーバーメッセ2024は4月22日〜26日と開催が迫ってますが、より一層生成AIを活用したソリューションが多く紹介されるのだろうなと思うと、今から楽しみです。

Sight Machine: Manufacturing Data Platform

製造業特化に分析プラットフォーム。Microsoft Azure OpenAI Serviceを統合しており、製造関係者に直感的な体験を提供。生成AIをマネージドな仕組みで利用するサービスは、Google Cloud PlatformでもAzureでもAWSでも、それぞれ提供されていますが、OpenAIをそのまま組み込んだAzureを使っているのは、これからのパブリッククラウドの利用方法の一つのあり方として確実に広がっていくので、参考にしたいですね。

Beckhoff | New Automation Technology | ベッコフ 日本

産業機器の制御コンピュータのPLCで多く利用されるラダー言語のプログラミングに生成AIを利用。自分も少しだけラダー言語を見たことがあるんですが、馴染のあるプログラミング言語とは全くパラダイムが異なるので、正直見た途端に「どないすんねん、これ」という気持ちになったんですが、ここにも生成AIを活用できるともっと裾野が広がりそう。

デジタルツイン

インダストリー4.0と並んでよく聞く単語のデジタルツインですが、シンガポールの国全体をデジタルツインにやってしまうという事例が目を引きました。

Virtual Singapore – Building a 3D-Empowered Smart Nation - Geospatial World

シンガポールは、スマート国家というビジョンを打ち出しており、このプロジェクトはそれを支えるものということ。国全体のデジタルツインって正直規模が大きすぎて想像が難しいんですが、以下のメリットを視野に入れているとのこと。ここまでできると、確かに有用でしょうね。

人口動態や都市開発による変化などを含め、都市が時間とともにどのように発展、進化するのかを視覚的に把握しながら、国家試算である国土や空間、社会インフラなどの最適な配置や利用を目指す取り組みである。

最近、自分、都市シミュレーションゲームのCities: Skylines IIにハマってたりするんですが、この取組が進むと、まさに国家をシミュレーションすることができるってことなんですね。ゲームの世界と思っていたことが、現実にでてくるのもそう遠い未来じゃないのかも。

インダストリー4.0

正確な定義と公式サイトはこちら。

Plattform Industrie 4.0 - What is Industrie 4.0?

抽象的な概念は、それこそググれば山のようにでてきますが、このインダストリー4.0の概念をアーキテクチャとして整理したのが、このRAMI4.0。

Reference Architectural Model Industrie 4.0 (RAMI 4.0)

ネットワークのOSI参照モデルを知っている人は多いと思いますが、RAMI4.0は、インダストリー4.0の概念をそれぞれ各レイヤーごとに整理することで、製造業におけるオープンスタンダードな規格を作成するときのリファレンスとして活用されているようです。

(上記PDFより引用)

「第2章 日本の製造業に求められるDXの取組と実現のポイント」

製造業におけるDXは古くからある課題ですが、今の日本において実現するためにどのような取組のポイントが必要なのかをまとめた章。ITエンジニアがユーザー企業ではなくベンダー企業にいることが多い日本ですが、それは製造業界でも変わらず。取組はいろいろある中で文中興味深かったのが、ミスミグループの内製化の取組。

ミスミグループは機械部品調達のAIプラットフォーム「meviy」の開発の一部を発注していた株式会社コアコンセプト・テクノロジー(CCT)との共同出資会社である株式会社DTダイナミクスを2022年に設立。

機械部品調達のAIプラットフォーム | 板金加工・切削加工の即時見積もり | meviy(メビー)| 株式会社ミスミ

共同出資会社なので、人材の流動化もすすめることが可能とのこと。別の会社としてのユーザー企業とIT企業という関係性を廃したこういう取組は、内製化の取組の一つの方法として、参考になります。

別の取組として、ベンチマーク工場「ライトハウス」の紹介。世界経済フォーラムが選定するベンチマーク工場で、IoT、AIやそれらを用いた余地・予兆分析、自動化による生産性工場、人材育成、働き方、企業や業界のサステナビリティ、ESGを含む観点から評価。ライトハウスそのものの解説は、著者の福本さんのこちらの記事が非常にわかりやすい。

「ライトハウス」とは何か?日本には現在2拠点、第4次産業革命のベンチマーク工場 連載:第4次産業革命のビジネス実務論|ビジネス+IT

まだ、日本の工場で選出されているのが2拠点と非常にすくないのですが、このベンチマークは、今後の日本の製造業が取組むべき課題や分野が具体的に例示されている概念なので、注視しておくのが良さそうです。

公式ページはこちら。実際に選定されている企業や工場の一覧も掲載されています。

Global Lighthouse Network

申込ページ。

Become a Lighthouse | Global Lighthouse Network

クライテリアの内容。概要レベルのものであまり詳細はわからなかったのですが、広い範囲でその能力を証明する必要がありそうです。

(上記サイトより引用)

ちょっと長くなりますが、ライトハウスの選定企業についての文中からの引用です。このあたり、オープンな姿勢が強く求められているようで、従来の工場像ではない、例えばITプラットフォーム界隈のような文化が強くなってきているのを感じますね。ITエンジニアの人には、このあたり共感できる人も多いんじゃないでしょうか。

ライトハウス選定企業の特徴を見ると、目先のROIにとらわれず目標とする未来像を描き、それに向けてバックキャストし、現在やるべきことを確認しながら確実に進めていく姿勢が見られる。また、現場の個々人の専門性やスキルに依存しない仕組みの構築に向けた取組も見られる。さらに、特定の工場などで成功した取組をグローバルサイトへ展開したり、自社の成功事例をソリューション・プラットフォーム化し、外販するなどの取り組みを進めたり、他社とのエコシステムを視野に入れた標準化を進めたりしている企業が多いことも特長と言える。外部の取組を自社に取り入れる姿勢があるだけではなく、自主あの取組を加味した結果をさらに外部に拡大するという動きを目指している企業がライトハウスに選定されていると思われる。

第3章 EU/ドイツに学ぶ最新のデジタル戦略

サステナビリティは全世界的に取組が必要となってきている領域ですが、その流れの中でのEU/ドイツの動きが網羅的に紹介されています。

EUのカーボンニュートラル領域やサーキュラーエコノミー領域の政策が具体的な法律とともに紹介されているのですが、個人的にこの章で興味深かったのが、EUの分散✕ネットワーク型の取組の部分。

インダストリー4.0の流れから、EUでは企業間でのデータ活用を進めるための連携基盤構築の動きができており、その関連団体がそれぞれ紹介されています。

データ主催に関する標準を策定する「IDSA(International Data Spaces Association)」、欧州統合データ基盤プロジェクト「GAIA-X」、GAIA-X上のユースケース「Catena-X」、製造業全体のデータ基盤構想「Manufacturing-X」、マーケットプレイスの運営を担う「Cofinity-X」などの団体について、それぞれの概要と他の団体との関係が詳細に記述されており、おそらく自分でこのあたりまとめようとするとものすごく時間が掛かりそうな部分を、一挙に把握することができる構成になってます。

Cofinity-Xについては、そのアプリケーション開発環境を支える「Tractus-X」がOSSプロジェクトとして提供されており、具体的にデータ連携をアプリケーション実装するための開発環境やツールが整備されています。Tractux-XのサイトはGitHubで公開されているんですよ、こういう産業データの取組がGitHubで管理されているのは、なかなかの驚きでした。

Hello from Eclipse Tractus-X | Eclipse Tractus-X

トップページの雰囲気がなんかおしゃれなんすよ。

Tutorialsはこちら。

End-to-End Adopter Journey | Eclipse Tractus-X

TutorialのSkills Requiredを見ていると、以下の記述があり、採用技術は普通に最近のITエンジニアなら馴染みがあるモダンな環境で提供されていることがわかります。HelmチャートでKubernetesに展開とか、今のアプリケーションプラットフォームの流れを真正面から意識しているのが良いですね。

No preliminary knowledge about Catena-X is required.

Technical knowledge (Docker, Kubernetes, Helm, Terraform) to deploy components onto a kubernetes cluster and interacting with them is advised. A detailed list of tools and their supported versions is given in the prerequisites.

リファレンス実装はOSSとして提供されていて、これらコンポーネントはTractus-Xプロジェクトで管理されているとのこと。もちろんPRもできるので、興味がある人は中身を見てみつつコントリビュートしてみるのも良いのではと思います。

また、Industrial Digital Twin Association(IDTA)も、インダストリー4.0の重要なプレイヤーとして紹介されており、インターオペラビリティに不可欠な、標準化されたAPIを備えたモデルの開発を進めています。

IDTA – working together to promote the Digital Twin

こちらもGitHubが公開されており、モデルなどが公開されています。

admin-shell-io by IDTA

第4章 日本企業はいかに取組むべきか

これまでの流れを受けての最終章。EUやドイツの流れをみるなかで、著者としての日本の現状に対するもどかしさが非常に現れている章だと感じました。特に、データのオープン化については、まだまだ大企業含めて保守的な企業が多いようで、そのなかでどういった分野から風穴を開けて取り組んでいくとよいのか、どういう観点でDXをすすめていくのが良いのか、といった点がまとめられています。

業界への提言という内容になっていて、日本の製造業の当事者の方々は、これを読むと、いろいろ想う所がでてくるのではないでしょうか。

まとめ「製造業界の最新事情をコンパクトに知ることができる、非常に有用な業界案内本」

クラスメソッドの製造ビジネステクノロジー部に所属している自分ですが、自分自身、製造業界に疎いのが現実です。そのために様々なメディアをあたってまずは業界知識を仕入れようと模索している真っ最中なのですが、その中でもこの本は、出版日が新しいということもあり、具体的な法案や各種サービス、関連団体が非常に多岐にわたって網羅されており、製造業界の「今」を知るのに、非常に役に立ちました。

ITエンジニアという観点では、製造業界における取組においても主にデータの活用面を中心にオープンな取組が複数進行していることに強い興味を持ちました。OSSとして開発ツールが提供されていたり、日本においても徐々にデータのオープン化が進むことは、今後の日本の製造業においての次の主流の流れになっていくと想うので、今後もそのあたり注視していこうと思います。

最後に、この場をお借りして、著者の福本勲さんにお礼申し上げます。

それでは、今日はこのへんで。濱田孝治(ハマコー)(@hamako9999)でした。