実践的360度評価導入マニュアル

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はじめに

本ブログは2018年に投稿した360度評価を導入する7つのステップのアップデート記事になります。

クラスメソッドでは2018年から単一部門において360度評価を導入していましたが、2020年より全社に展開し実施してきました。本記事では改めて360度評価の導入経緯とその設計、実施方法と運用についてご紹介します。

なお、私個人は上司とか部下とか上とか下とかそういう言葉を組織内で使うのは嫌いなのですが、本記事内ではわかりやすいように使います。

実践的360度評価導入マニュアル

360度評価を導入する理由

改めて360度評価についてご紹介します。一般的な人事考課は、被評価者に対して直属の上司が評価します。それに対して360度評価は、被評価者にとっての上司だけでなく、同僚/部下/他部署メンバー等、様々な関係性の相手から多面的に評価を受ける仕組みです。

360度評価を導入する理由を大きく3つあげます。逆に言えば、このような理由が無い組織では360度評価を導入するメリットはありません。

メッシュ型組織化した

組織論でよく言われる話ですが、21世紀になってから急速な技術革新が進んだことでプロダクトサイクルが高速化した結果、ピラミッド型組織(ヒエラルキー型組織)では意思決定速度が上がらなくなり、多くの企業がメッシュ型組織(ホラクラシー型組織)として組織を再構築してきました。つまり、上意下達の指示系統ではなく、権限の委譲によって各チームやメンバーが自律的に判断する構造に変化しました。

上司が部下に逐一指示をするわけでは無く、メンバーがオーナーシップを持って自分で業務を遂行したり改善したりするようになった結果、上司が部下の仕事を全て把握することは難しくなりました。この課題を解決し、より公平性を保つ形で評価が出来るようにしたのが360度評価です。

ピープルマネージャーが増加した

組織が拡大すると、どうしてもピープルマネージャーも増やさざるを得なくなります。Amazonの2 pizza ruleが有名ですが、1人のピープルマネージャーが見える範囲は限度があります。弊社では最大8人くらいを1チームの限界としています。そうすると、人数が増えれば増えるほどピープルマネージャーも増えます。

ピープルマネージャーの増加によって360度評価が必要になる要因は2つです。

1つめはピープルマネージャーと部下の相性による不公平性を廃除すること。どんなにコミュニケーションを取ったり理性的に行動したとしても、人間同士には必ず相性があります。思想、性格、なんとなく、などなど、理由は千差万別だし、感情論になりがちだし、科学的な根拠は無いかもしれませんが、相性が悪い人同士で仕事してもそこには必ず我慢が発生するし、お互いパフォーマンスが発揮出来ないケースが多いです。こういった「上司ガチャ」によって不利益が発生しないようにするために、多面的な評価は役立ちます。

2つめはピープルマネージャー自体の評価です。人事考課的には更にその上司が評価することになりますが、そのピープルマネージャーの部下がどのように受け止めているかも、そのピープルマネージャーの評価軸の一つになります。この「部下から上司の評価」として360度評価が利用出来ます。

働き方が多様化した

弊社では2011年の東日本大震災を契機にテレワークを導入していました。また2014年以降各地方にオフィスを開設したり、完全在宅勤務の「ふるさと勤務制度」を導入したり、海外支社を設立したりと、ロケーションや時差を越えてコラボレーションしながら働く環境になりました。そして、昨年以降のコロナ禍以降急激にテレワークが普及し、弊社も一時的に完全在宅勤務となっていました。

このように働き方が多様化したことで、より一層上司が部下の全てを把握することが難しくなりました。その改善策の一つとして、普段一緒に働いているメンバー同士で評価をし合う360度評価が活用されています。

360度評価によって得られるもの

1つめは、個人の判断や感情に依存されずに評価が可視化出来る点です。前述の上司ガチャや相性など、人間関係にはどうしても感情が付いて回りますし、評価が個人に依存すると公平性が損なわれる可能性があります。360度評価によってより公平で客観的な評価が出来ます。

2つめは、個人に対する評価の目が増えることで、多面的に強みと弱みを発見し、様々な切り口で評価できる点です。強みや弱みはユースケースやシーンによって変わるので、ある人から見たら強みに思えることでも、そこを弱みだと思う人がいるかもしれません。多面的な視点によって気づきが増えます。

そして3つめは、自己評価とのギャップを認識出来る点です。自分では得意だと思っていることや出来ていると思っていることが、実際には周りから見るとそうではないことはよくあります。このギャップを認識することで、自分自身の改善や強化に繋げることが出来ます。

360度評価の注意点

このようにメリットがたくさんある360度評価も、運用によってはデメリットが発生します。まず、周囲からの評価をあまりに気にしすぎて、普段からストレスが溜まったり、気を使ったり、思い切った行動に出づらくなることです。また、自身の評価を上げるために評価者同士で談合し相互に過度に高く評価するようなケースもあります。逆に、評価に直結するが故にマイナスなフィードバックをすることに心理的な抵抗が生まれることもあります。

こういったデメリットを防止するため、弊社では360度評価はあくまでフィードバックの場とし、直接的な人事考課には使わないこととしています。具体的には、360度評価の結果はマネージャーのみが直接的に参照出来、上司が部下を評価する際に自分が部下を過度に高評価または低評価をしていないかを確認出来ます。またマネージャー間で共有されることで、上司は部下に対する評価について他のマネージャーからの意見を聞くことも出来ます。

被評価者は、本人が望めば自身の結果を(評価者の名前を削除した形で)入手出来ます。この「望めば」がポイントで、多くの人は評価されることに慣れておらず、特にネガティブなフィードバックを素直に受け止めるのは難しいものです。誰もが自由に自身の結果を見れてしまうと、それが大きなストレスになる場合があります。そこで上司がクッションとなり、本人のストレスにならない形でフィードバックします。

また、評価にあたり全メンバーが認知バイアスに関する基本的な知識を身に着けて置くことも重要です(認知バイアスについてはAWS事業部の採用方針についてという記事に書きましたのでご覧下さい)認知バイアスは評価や判断をするときには必ず意識するべき知識であると考えています。

360度評価の導入

評価軸の設計

評価軸は評価対象と評価結果の使いみちによって変わります。チームや部署の単位で項目を変える場合は業務に直結した評価軸に出来ますし、逆に全社的に同一項目で実施する場合には部署に依存するようなものは設定出来ないため、全員が持つべき行動基指針や企業カルチャーなどを評価軸とします。

弊社の場合、単一部署で行っていたときはその部署の事業に直結した評価軸にしていましたが、全社展開にするに当たり会社として明示している企業カルチャーを評価軸としました。

評価項目の設計

業務に直結した評価軸の場合は、評価項目も詳細に設計することが出来ます。例えばエンジニアに対する評価項目であれば技術に対する好奇心であったり、実際の業務におけるパフォーマンスだったりと、具体的な内容とすることが出来ます。反面、項目が多くなりがちなので、どのようにスリム化するかが設計のキモになります。

全社員向けの評価軸の場合は、全員が持つべき行動指針や企業カルチャー自体が評価項目になるので少なくシンプルになります。実際、特定部署でやっていた時は27項目ありましたが、全社展開した時に10項目に減りました。

また、フリーコメント欄の有無もよく検討して実施して下さい。フリーコメントはどうしても個人が特定しやすく、またネガティブなフィードバックの場合は強い言葉になりがちです。無理にフリーコメントを設定しないことも一つの方法です。

評価基準の設計

大きく3種類あります。加点方式、加点減点方式、ポイント分散方式です。

加点方式は、それぞれの項目に1−5段階や1−10段階などで任意の数字を入力して加点するものです。この際、入力出来ない場合のルールも決めておくと良いです。例えば-や0などの特定の文字を入力するように決めておきます。

加点減点方式は、それぞれの項目にプラスとマイナスで任意の数字を入力するものです。これも最低数と最高数を決めておき、入力できない場合のルールも決めておきます。ただ、被評価者の立場からすると減点はストレスを強く感じる事が多いので注意深く導入して下さい。減点をする場合にはその具体的な理由と改善ポイントもセットでフィードバック出来るほうが良いです。感情的にネガティブなフィードバックをしない、そしてネガティブなフィードバックを肯定的に受け止める、そういった土壌が無いのであれば、無理に減点を採用する必要はないです。

ポイント分散方式は、一人あたりの持ちポイントを決めておいて、各項目に割り当てるものです。例えば5ポイント持っていて、評価項目が10個ある場合に、好きなようにポイントを振ります。例えばAに3ポイント、Cに2ポイント、その他0ポイント、などです。プラスとマイナスの両方にポイントを割り当てる方法もありますが、減点方式と同様にマイナスの採用は注意して行って下さい。ポイント分散方式は、加点方式と減点方式に比べて、より強みと弱みを可視化することが出来、また入力出来ない項目は最初からポイントが割り当てないため悩まずに済む、という利点があります。

実施手段の設計

360度評価システムは多くのサービスが提供されていますし、簡易的なものであればフォームやスプレッドシートを使って行う事もできます。ただしセンシティブな情報になりますので、権限設定には注意し、不要な情報共有が行われないようにして下さい。

弊社はFusicさんが提供している360度評価支援システムを利用させて頂いてます(いつもありがとうございます)

評価対象者の設計

評価対象者の設計は大きく2つ、ランダムと指名があります。

ランダムの場合、ランダム対象とする範囲を選びます。全社、部署、チームなどです。この際に直属の上司を含めるかどうかも考慮に入れます。また、範囲が広ければ広いほど普段関わりが無くて評価出来ないというケースが発生しますので、ある程度業務的に関連がある範囲に絞るのが良いと思います。

指名の場合、被評価者が評価者を指名します。評価者は多ければ多いほど評価の平均値がフラットに集約されがちなので、多くても10人程度が良いかと思います。少なすぎても多面的な評価にならないので、最低評価者人数も決めておきます。あまりに指定した評価者が少なすぎる場合、日常的にメンバーとコミュニケーションが取れていないということなので、業務の体制やあり方は再検討したほうが良いです。

また、指名制の場合、特定個人に評価者のリクエストが集中することも考えられますので、ある程度調整することを周知しておきます。

なお、評価者が被評価者を指名するのはおすすめしません。評価したいというモチベーションは良い方か悪い方のどちらかに強い想いがあるケースが多く、ネガティブな感情が漏れがちだからです。公平性や平等性を担保するという意味では、被評価者側から評価者を指名するほうが良いです。

ランダムにしろ指名にしろ、誰がどんな評価をしたのかは必ず隠蔽し、被評価者やマネージャーが見えないようにします。360度評価では誰が評価したかに価値はありません。特定個人の感情に依存されないための360度評価です。

説明会の実施

「なぜやるのか」「どんなメリットがあるのか」「どのようにやるのか」「どのように評価されるのか」「誰に評価されるのか」「いつやるのか」...など、社内メンバーに伝えるべき情報はたくさんあります。そこで全社向け施策説明会を実施します。また説明会後や実施期間中のQ&Aの受付窓口を設定しアナウンスします。

特に「なぜやるのか」と「皆が得られるメリット」は丁寧に説明しないと、おざなりに評価したり、評価結果を上手く活用しなかったりといった行動が発生します。会社で決めた施策であっても、実際にやるメンバーからするとそこにやるべき理由と得られるメリットがなければモチベーションが上がらないものです。あくまで会社や上司のためではなく、メンバー全員にメリットがあるからこそやる、ということをしっかり伝えていきます。

評価の実施

社内にアナウンスし、期間を決めて実施します。期間は1週間程度で充分です。どうしても実施を忘れたり、言われるまでやらないメンバーが出ますので、適時実施結果を確認してフォローアップし、全メンバーが完了するように促します。

360度評価結果の活用

360度評価を実施しても、その結果が活用されなければ意味がありませんし、活用を実感出来なければメンバーも協力してくれません。

評価完了後、ピープルマネージャーは自部門の結果を確認し、1on1で各メンバーにフィードバックします。強みについては積極的に評価し、弱みについて徹底的に分析しフォローします。この時、上司の評価と360度評価に乖離があるのであれば分析をしてすり合わせし、場合によっては他のピープルマネージャーに相談します。上司側にも、自身の判断を鵜呑みにせず謙虚に、データを元に評価する姿勢が必要です。

また、360度評価は一度で終わるのではなく、繰り返し行うことが重要です。一度のデータと改善活動で全てがクリアになるわけではありません。繰り返し評価と改善を行い続けることで効果が最大化されます。繰り返し周期は四半期または半年に一回程度が良いでしょう。1年に1回だと間が空きすぎて改善の効果が測定出来ません。

360度評価の振り返り

実施後には全メンバーを対象に振り返りアンケートを行い、次回の改善に繋げていきます。また上司がちゃんと結果を活用しているのか、部下に対して伝えているのかも確認します。

360度評価だけでなく、全ての施策は必ず振り返りを行いましょう。

さいごに

クラスメソッドの360度評価について、360度評価の導入経緯とその設計、実施方法と運用についてご紹介しました。皆様のご参考になれば幸いです。