
【セッションレポート】 Immersive Audio 101 ~アーティフィシャルな3D空間をリアルの3D空間に再現する音響設計の基礎~ #CEDEC2025
登壇者: 金子 貴紀 (株式会社コナミデジタルエンタテインメント)
日時: 2025 年 7 月 22 日 (火) 13:40 ~ 14:40
会場: CEDEC2025 第 6 会場
カテゴリ: SND (サウンド) | チュートリアル | 公募セッション
セッション概要
3D オーディオ、立体音響、イマーシブオーディオといった用語の定義整理からスタートし、「仮想空間内で設計された音響をいかに現実世界で再現するか」というテーマを、理論と実例を交えつつ丁寧に解説したチュートリアルセッションでした。物理的な正しさと演出的な正しさのバランス、音の反射や残響の扱い、ユーザー環境での最適な再生方法まで、音響設計における基礎的かつ実践的な知識が体系立てて紹介されました。
主なトピックと知見
物理的に正しい vs ゲーム的に正しい音響
物理法則に忠実な音がゲーム体験に最適とは限らない という視点が、セッションの冒頭で明確に提示されました。現実には存在しないはずの音がゲーム演出としては求められる場面があるため、「リアルさ」と「わかりやすさ」 「気持ちよさ」をどうバランスさせるかが重要です。
- 例: 宇宙空間での爆発音は現実には存在しないが、演出としては必要
- 遮蔽・距離減衰などにおいても、リアルさと分かりやすさのバランスが要求される
空間音響におけるリバーブの分類と設計
3 種類のリバーブが紹介されました。
種類 | 特徴 |
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アルゴリズミックリバーブ | デジタルディレイを重ねる。軽量だが再現性は低い。 |
コンボリューションリバーブ | 実在空間のインパルスレスポンス (IR) を使い高い再現性。ただしリソース負荷が大きく、変化に弱い。 |
ダイナミックリバーブ | 空間認識・マテリアルに応じて動的にパラメータを変更。アルゴリズミック型の発展系。 |
また、IR には「仮想 IR」と「収録 IR」の2種類があることが紹介され、それぞれの特徴が解説されました。
種類 | 特徴 |
---|---|
仮想 IR | 実在しない空間をコンピュータ上でシミュレーションして生成する。録音不要で工数削減になるが、現実の音との整合性が保証されるわけではない。 |
収録 IR | 実際の空間で音を発し、それをマイクで収録して得られる。リアリティは高いが、録音コストやフォーマット変換の手間がかかる。 |
再生環境における課題と工夫
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オブジェクトベース vs チャンネルベース
- オブジェクトベース: 任意位置に音を配置でき、再生環境への適応性が高い
- チャンネルベース: スピーカー位置に固定される。柔軟性に欠けるが、安定性は高い
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家庭視聴環境での LFE (低音専用チャンネル) 活用
- 必ずしもLFEを使う必要はなく、AVR 側のベースマネジメントに任せる方法も有効
- 「サブウーハー」と「LFE」はしばしば混同されるが、前者はスピーカー (ハード) を、後者はチャンネル (ソフト) を指す別の概念
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推し構成案としての WFS TV
- スピーカーアレイを TV の縁に配し、仮想音源を再現する仕組み
- ダイナミックオブジェクトではなく、WFS (波面合成) を活用した未来的構成の提案
立体音響フォーマットの整理
- Dolby Atmos / DTS:X / Auro-3D / Ambisonics などの主要フォーマットの紹介
- 「出力フォーマット」と「ファイルフォーマット」は区別すべき、との注意喚起
まとめ
- 空間認知のために必要な要素 (発音/伝播/反射/残響) を分解して解説
- 音響の再現手法の種類と選び方 (3 種のリバーブ)
- 実機での再現時に注意すべきポイント (フォーマット・スピーカー配置・環境差)
- 音響設計における現実と理想の折り合い方が本セッションの核心テーマ
所感
空間音響についての基礎を押さえながら、現場で起こりがちな課題を丁寧にすくい上げていて、非常に実用的かつ考えさせられるセッションでした。とくに「演出としての正しさ」に踏み込んだ考察は、ゲーム音響に限らず幅広い応用がきく視点だと思いました。