管理職のための役職引退マニュアル
はじめに
クラスメソッド株式会社で取締役及びAWS事業本部の本部長を努めております、佐々木と申します。
私は2014年1月にソリューションアーキテクトとして入社後、2015年7月よりAWSエンジニア部門の部長になりました。また事業拡大に伴って営業部門などを集約することとなり、2018年7月よりAWS事業本部の本部長となりました。この6年間、AWS事業部門のトップとして業務に従事しておりましたが、この度2021年6月をもって本部長を引退することにしました。
部長や本部長などの事業責任者は引退が難しいポジションのように思えるかもしれませんが、きちんと順序だてて計画すればスムーズに引退することが出来ます。この記事では、役職をどのようにして引退したら良いのかをご紹介します。
なぜ役職を引退するのか
最も大きな理由は「キャリアの固定化を防ぐこと」です。
私は本部長という役職で、事業本部の中に部があり、それぞれ部長がいます。同じ人が本部長という同じポジションに10年も20年も居続けると、部長のキャリアはそこで止まってしまい、横に(他の部署に)スライドするか、転職するしかなくなってしまいます。更に部長が固定化するとその下のマネージャー職のキャリアも固定化します。役職が属人化すると組織全体が固定化してしまい、キャリアの変化が難しくなります。多くの人がチャレンジできる環境にするためには、キャリアは可能な限り固定化しないことが望ましいと考えています。
またその事業の成長に対して事業責任者の能力がブレーキになる可能性があります。事業責任者は戦略や戦術を立案し事業を拡大するのが仕事ですが、どうしてもその人の能力の範囲でしか実行出来ません。事業本部の最大の目的は事業の成長なので、その事業責任者とは違う能力を持つ人材に事業を移譲することで、更に事業を成長させることができます。
役職の引退の仕方
ミドルマネージャーを育成する
役職者の最も重要な仕事がミドルマネージャーの育成です。今回の記事でご紹介しているような引退だけでなく、不慮の事故なども含めて、役職者が急にいなくなる可能性はいつでもあります。その場合でも部署がストップしないような体制にしておくというリスクマネジメントは役職者の責務です。
ミドルマネージャーは突然指名してすぐに出来るものではなく、本人のモチベーション、日頃からのメンバーとのコミュニケーション、部署のビジョンに対するコミットメントなどが必要になります。このためミドルマネージャーになれそうな人とは普段から密にコミュニケーションを取り、自分のノウハウを伝えながら、マネジメントにチャレンジできる場を提供します。私のケースでは、ミドルマネージャー候補には半年から1年くらいサポートし続け、本人が自信が付いてから完全に権限を移譲します。ある程度長期的な組織設計と合わせてミドルマネージャーの育成計画を立てることをおすすめします。
また、ミドルマネージャーを育成する時に重要なポイントとして「自分と同じ能力を期待しない」ことがあります。特に経験は人によって完全に違うものであり、自分と同じ経験をしてきた人は世界に一人もいません。大事なのは自分と全く同じ事ができる人ではなく「あるポイントにおいて自分よりも優れている人」を選出して育成することです。
自分の業務を細分化する
業務を移譲するためには、その移譲する業務をちゃんと把握しておく必要がありますが、役職者はどうしても色んなことをやらざるを得ないため、結果として自分の仕事を自分自身できちんと把握していないことがあります。僕もそうでした。
これでは業務が移譲出来ませんので、まずは自分の業務を細分化し、リストとして書き出し、内容によってグループ分けします。私の場合は事業戦略立案、トップセールス、マーケティング、パートナーアライアンス、組織マネジメントにグループ分けすることが出来ました。
前述の通り、ミドルマネージャーは自分と全く同じことが出来る人ではありませんが、それぞれ得意分野がある方たちです。細分化された業務グループごとに移譲するミドルマネージャーを選定することで、それぞれの得意領域で自分自身以上のパフォーマンスを出してくれることが期待出来ます。
業務を移譲する
実際に細分化された業務を各メンバーに移譲していきます。最初から丸投げするのではなく、まずはミーティングや検討に同席してもらうところからスタートし、徐々に主導してもらいます。最終的にはこちらが同席者となって一切発言しないくらいの状況を作っていきます。こちらも半年から1年くらいかけて行います。
この移譲プロセスの後半で必要なのは権限の移譲に合わせて自分の存在感を消していくことです。例えばオンラインミーティングでビデオをオンにしていると参加者のように見えてしまいますし、特に役職者の発言や態度は強い影響を与えてしまいがちなので、可能な限りビデオはオフにし発言もしません。メンバーにも、こちらから発言しない限りは「なにか意見や補足がありますか」などと振らないように伝えておきます。
役職を後任と交代する
業務の移譲と平行して、その役職特有の業務を後任者に引き継ぎます。本部全体を俯瞰的に視ることやミドルマネージャーの人事考課等です。繰り返しになりますが、後任者には自分と同じ能力を期待するのではなく、あるポイントで自分以上のパフォーマンスが出せるメンバーを選定したほうが、事業全体の成長に繋がります。実際に現在引き継ぎを行っている私の後任者はとても尊敬出来る、高い能力を持つメンバーです。こちらも半年から1年程度の時間をかけて実施し、委譲プロセスの後半は出来るだけ口出しせずにお任せしていきます。
さいごに
3年前の2018年、私は管理職のためのエンジニア組織構築マニュアルというブログ記事を書きましたが、その中で「部長をいつでも交代できるようにする」ことの重要性について書きました。こうして実際に役職を引退できる状況になったのはとても感慨深いです。これはもちろん私の成果ではなく、優れた仲間がいてこそ達成出来た結果です。
現在後任への引き継ぎを行っているところですが、予定通り2021年6月をもって本部長から退任することが出来そうです。 私は2021年7月から取締役に専任となりますので、事業本部にクローズすることなく、会社全体の視座で業務をしていくことになります。
クラスメソッドメンバーの皆さん、今後とも宜しくお願いします。