[レポート] 人事院 人事官 伊藤かつら氏『技術者にとっての“人的資本”を考える』#devio2024
クラスメソッド設立20周年を記念し、オフラインイベント、オンラインイベントを複数日にわたって展開するイベント「Classmethod Odyssey」を2024年07月現在、絶賛開催中です。
当エントリでは、2024年07月12日(金)に開催されたオフラインイベント「DevelopersIO 2024 TOKYO」における伊藤かつら氏のセッション「技術者にとっての“人的資本”を考える」の内容についてレポートします。
セッション概要
イベント公式サイトに記載のセッション概要情報は以下の通りです。
- セッションタイトル
- 技術者にとっての“人的資本”を考える
- 登壇者
- 伊藤 かつら氏 (人事院 人事官)
- セッション概要
- 技術者が能力と成果で評価される時代がやってきました。キーワードは“人的資本”。組織から自由でありながら評価されるには。優秀な技術者がいきいきと働ける職場を作るには。多くの技術者とさまざまな組織でご一緒してきた経験からお話しいたします。
セッションレポート
自己紹介
- 日本酒が大好き。国際利き酒師等を含め認定を取っている。美味しい日本酒のお話があれば駆け付けるのでいつでもお声がけして欲しい。
今日は「人的資本・人的資本経営」という言葉を分かって頂き、皆さんの仕事やキャリアにどう関わっているのかを知って頂けると。
人事院 人事官 伊藤かつら氏
人事院とは?
- 国家公務員の中でも一般職と言われる人達(約29.5万人)のための勤務条件等を定めた「国家公務員法」、この法律に基づき必要な基準の設定等を行う制度官庁が人事院。
- ただ御存知のように、民間企業においても、就業規則だけあればやっていけるものではない。規則に書いてある先のことが大事。公務においては、運用はそれぞれの府省が行っているが、我々も民間企業においてどういう規則で運用されているかというのを知らなければ健全な運用が出来ない。
- 良い組織を長く続けられるための様々な方策を行っている。
基本的な考え方
- 例年夏くらいになると国家公務員の給与等勤務条件に関する「人事院勧告」というものを国会と内閣に提出する
- 国家公務員の給与(これは民間準拠。皆さんの給与が上がってはじめて国家公務員の給与が上がる、という仕組みになっている)を含めた、国家公務員の一人ひとりが躍動出来る、Well-beingが実現出来る環境整備が必要と考え、そのための3つの柱を立てて取組を進めている。
- 採用改革
- 育成と成長改革
- Well-being改革
人事院のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)
- Missionにある「公務員を元気に 国民を幸せに」、ここは伊藤氏自身、とても気に入っている。
人的資本経営とは
- 人的資本経営とは、人材を資本として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方。
- 2020年頃から経済産業省が中心となって動き、有名な一橋大学の伊藤先生の「人材版伊藤レポート」等各種情報が展開されている。
- また、この動きに合わせて金融庁が「人的資本の情報開示の義務化」を行った。
- 人にどれくらい投資しているか、人の成長にどのくらい気を使っているか、結果がどうビジネスに結びついているか等を、上場企業は全て報告する義務がある。
- 参考:
人は「コスト」から「資本」へ
- 日本では上記のような動きが進んでいるが、実は欧米では...
- ピーター・ドラッカー「知識労働者」(1959年)で既に「人はコストではない。資本として扱うべき」の旨を唱えている。
- 2020年に開催された世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)では主要な議題のひとつに「2030年までに全世界で10億人により良い教育、スキル、仕事を提供する」という『リスキリング革命』が挙げられた。
- 『◯◯の講座が半額で受けられる!』『この資格を無料で取得できます!』といった類のキャンペーンがあるが、それらの財源はここ。皆さんもこれらを是非上手く活用してください。
日本特有の課題
- 「現在の勤務先で働き続けたい」と考える人の割合は、世界基準で行くと日本はほぼ最下位。
- 日本企業の従業員エンゲージメントは世界基準で見ると最低水準。
- 自分の会社が嫌い、出社してもワクワクしない...と大多数の日本人は言っている
- しかし、「転職や起業」の意向を持つ人も少ない。これは矛盾していないか?こういうのを「ワガママ」という。これが日本の現状
- 一方で企業が従業員の成長に対して投資している金額も日本はとても低い。組織も我々従業員に投資していない。どこかでコストと思っているフシがある
- 外で勉強していない人の割合、これは日本はダントツで多い。
- 企業も人に投資しないし、個人も学ばない。というのが日本の特徴
「人的資本経営」へと向かう、変革の可能性
- 上記の様な背景を踏まえて「人的資本経営」が大事だという動きが活発化し、多くの企業がものすごく大きな舵を切っている、というのが今。
- 左側が多くの企業が今やっている姿。
- 右側が「これを目指しましょう」という姿。
- 一番大事なのが下の部分。
- 従業員と会社の関係がお互いに独立している、そして選び、選ばれている関係である。これが人的資本経営の抜本的な考え方。お互いの自律性が大事。
- 自分で力を付けて自分がこの会社に貢献したい(と思う)
- 企業もきちんと投資はするけど評価もする
技術者を取り巻く環境の変化
特異な日本のIT人材環境
- 技術者がどこで働いているか、という話。
- 日本は所謂「IT業界」(広い意味ではクラスメソッドもIT業界)で働いている技術者の割合は「7」:事業部門、クライアントとして働いている人達の割合は「3」。
- 米国などを見てみると、ざっくりいうと逆(3:7)。米国でいえばみんなガンガン転職しているし、3と7の間で人が活発に流動している。
- 日本は(米国などと比較すると)あまり流動性がない。ITの人はIT企業で、多少転職をしたとしても割と循環するイメージが有る。
- 日本はデジタル後進国。ただコロナ禍を経て大きく変化したとも思う。コロナになった瞬間に、どんな役員職であろうと年齢であろうとITを駆使せざるを得ない状況になった。(例:Zoomの活用)
- その変化を経てDXを本気でやろう!→社内を見ると「技術者がいない」状況だと気づく。
- 日本の事業会社は必死になって技術者を探している。自社の人になって欲しい。というのが現状。
- 地方にも技術者がいない。という問題もある
IT技術者を取り巻く環境の変化
- 転職・求人市場においても、エンジニアの評価は鰻登りで上がっている。給料も上がっている。
- ただ、世の中そんな簡単じゃない。
- IT技術者は非IT技術者に比べて3倍時間と(自分で)費用を掛けて勉強している...これは素晴らしいことだが、海外他国のエンジニアはもっと勉強している。
- インドは4時間/週。日本は1.9時間/週(上記表で言えば日本は最下位)
ここまでのまとめ
- 従来は「コスト」とみなされていたITへの投資が、DXの必要性が増すと同時に重要な「戦略的位置付け」をされるようになってきた
- IT人材への需要は年々高まっており、給与も上がっている
- とはいえ、AIやより学びの姿勢の高い海外人材に取って代わられるリスクもある
- エンジニアは自身のキャリアをきちんとデザインすることで、よりハッピーなエンジニア人生を歩み、企業、社会、国家に貢献することが出来る
技術者がおちいりがちな失敗
- ここについては伊藤氏の私見。
- 伊藤氏自身、IBMに入った際にはシステムエンジニアだった。お客様3社程担当した後、マーケティングに転身し自分のやりたいことを見つける。技術者にはものすごいリスペクトを持っている。
- マイクロソフトでは技術者の組織、デベロッパーエバンジェリスト部隊を持っていた。カスタマーサクセスやクラウドソリューションアーキテクトの組織を持ったりするなどして、技術者を何人も雇ってきた。
- ノンテクロールだったが、テクニカル職を評価する立場としてやってきた。
- その中で、「すごく勿体無いな」と思うことがたくさんあった。コーチングやキャリアアドバイスをした時に心掛けていたことを紹介したい。
- だいたいがこの辺。
- なんであいつが?
- なんだか評価されていない?
- チームがうまくまわっていない
キャリア上のあるある
- いずれも伊藤氏調べ。
- 専門性の取得に一生懸命 ←→ 視野が狭い(IQ(=知性)とEQのアンバランス)
- EQ = "心の知能指数"
- EQが低いとIQが高くても全部台無しに。EQを高めてくれとは言いません。EQで損をしないように、マイナスからゼロにはしましょう。
- EQ = "心の知能指数"
- 専門エリアの理解に比べてビジネスの理解度が低い
- お金はビジネスの周りで回る
- 技術者であってもビジネスの理解(なんでこれをやっているのか、何でこれが必要なのか)は大事。
- 客観的自己認識力不足:自己PRベタ、得意不得意を分かっていない
- 全ての人に共通。
- 自分が何者で、何が強みで、何が好きで、何がダメで、どこが弱みなのかをきちっと分かっていることが大事
- ダメな自分を客観的に見る習慣が日本人は極端に少ない
- 専門性の取得に一生懸命 ←→ 視野が狭い(IQ(=知性)とEQのアンバランス)
キャリアとは何か。
-
キャリア:個人が仕事を通じて歩む道のり
-
キャリアデザイン:将来の仕事仕事の道筋を計画し、構築するプロセス
-
キャリアゴール:自分で定めたキャリアの最終目標(?)
-
最近伊藤氏がつくづく思っているのが「キャリアは自分という企業を起業し、運営していくこと」。これに尽きる。
- 起業していく上で大事なのが「起業家精神」(高い志と倫理観に基づき、失敗を恐れずに踏み出し、新たな価値観を生み出していくマインド)。常にこれを自分自身に問いかけて考えていくことが重要。
-
この考えをキャリアにあてはめていくと非常に面白いな、と考えている。自分キャリアを考えていくうえで非常に参考になる。視野の広さは大事。今でこそ(小島さんなどが)コミュニティマネージャー、コミュニティマーケティング等を実践されているが、昔はそういう職業は存在していなかった。
-
EQは人と上手くやっていく、人の価値を引き出す、上手くコミュニケーションするという「感情の能力(の高さ)」というのは、自分が人生を作っていくうえでは非常に大切な要素。ここが不得意な人はちょっと努力してバランスを取るようにすると上手くいくことが多い。
キャリアデザインに有効なアプローチ
- じゃあどうやってキャリアを作っていくか?
- 幾つかの考え方、アプローチで有効だと思っているものを幾つか紹介していく。
計画的偶発性理論
- 精密にキャリアをデザインする人がいるが、「そんな風に絶対なるわけ無い」。キャリアは精密にデザインせず、ある程度の幅を持って考えるのが良い。何に頼るか、となるとこの「計画的偶発性理論」。自分がどうアンテナをはっておくか、あとは偶発性に任せる部分を持つ。
- リスクテイキングについて:物事は白黒はっきり決められるものではなく、灰色、グラデーションになっていることが多い。決めたことについて「良い方向、結果」になるように頑張ることは勿論だが、結果が不確実であっても行動に移すということが大事。
「成長する考え方」「成長出来ない考え方」
- 「グロースマインドセット」と呼ばれるもの。
- マイクロソフトCEOサティア・ナデラ氏が就任後最初の週に言ったとされる話。
やる気の自己調整
- 自分企業、自分が社長、自分が社員。
- 社員の自分を常に叱咤激励し、一生懸命働いてもらわないと自分企業は倒産してしまう。
- どうやってモチベーションを維持するか。
- この理論は「黙ってても勤勉に働く人はいない」というもの。緊張系のスターターを持てるような環境に身を置き、それだけだと疲れるので希望系の要素も合わせる。周りも頑張る環境を用意し、自分のやる気のアップダウン、動機付けを行えるように自己調整していく。
オススメ書籍の紹介
- 伊藤氏イチオシが「ブレインワークアウト:脳を鍛える」。
- 筋肉だけでは無く、脳味噌もワークアウトが必要。
- より賢くなりたい!という人は是非読んでみて欲しい。
- ビジネス感覚はマーケット感覚とも似ている。ちきりん氏の「マーケット感覚を身につけよう」はすぐ読めて物事の判断基準の視座がすごく高くなる。
- 悩みをクリアにするには歴史がオススメ。
- 今の世の中で私達が当たり前に思っていることって、歴史的観点から見るとほんの最近の話でしかない。
- それを理解すると、物事の多様的な見方が開けてくる。
- 御存知牛尾剛さんのベストセラー書籍。
- 実は牛尾さんをマイクロソフトに採用したのは伊藤氏。
- DevOpsエヴァンジェリスト日本担当として採用され、今はAzureのプログラマをやっている
- 様々な局面で遭遇する状況やそこで行った努力を客観視し。「なんでアイツはあんなにいけてるんだろう?」という気付きをブログに書き、まとめたものがこの書籍。
全体まとめ
まとめ
という訳で、伊藤かつら氏のセッション『技術者にとっての“人的資本”を考える』の参加視聴レポートの紹介でした。膨大な人数で構成される"国の機関、それら"の人事制度を形作る立場からのコメントは何より説得力のある、重みを感じる内容でした。
終盤の「キャリアデザインに有効なアプローチ」についても非常に感銘を受けたので今後の自分自身のキャリアを考えていく、見つめ直していく上での参考にしたいと思います。