EU内携帯ローミング料金撤廃の実際と今後

2017.06.16

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2017年6月15日、ヨーロッパは栄光の朝を迎えました。

 

EU加盟28カ国の携帯電話ローミング料が撤廃され、通話、SMS、データ通信が契約国内タリフと同等の条件で域内他国で使用できるようになりました。EUの単一デジタル市場化において、移動体通信の国境障壁が10年の議論と交渉のすえ取り除かれた象徴的なイベントです。

では、これによって実際に何が変わって何が起こるのでしょうか。

その背景と原則

まず、出発点として消費者保護の観点があります。GSMから3Gへの移行期に発生した各国各社の激しい競争で携帯電話料金は下がりましたが、携帯電話各社がちょっとしたイレギュラーな使用にHidden costを忍ばせ収益源とする手法が横行しました。国際ローミングはその最たるもので、旅行はもとより日常的に国境を越える人々のshock bills(パケ死)は大きな問題となり、これは単一市場の理念に真っ向から反するため欧州委員会は規制に乗り出しました。

2007年、EU加盟国のキャリアは域内ローミングの上限、通話1分0.5ユーロ、データ1MB6ユーロが課されます。この上限は年々加速度的に引き下げられ、2015年にはローミング費撤廃が合意、今日までに至るロードマップが示されました。以降、各国の規制とのすり合わせや市場の継続性を担保するための様々な交渉が行われてきましたが、最大の山場は昨年末のキャリアのホールセール部門の合意です。

通信業界は特に対象が広くなると1社単独でネットワークを構築するのが難しくなるため、お互いの回線を融通し合う必要があります。そのためリテールとホールセールの部門が社内に存在し、不正と不整合を防ぐためにそれらはクリーンルームで分けられています。

例えばある企業がインターネット回線を社屋に引きたいという引き合いがドイツテレコムとボーダフォンにきた場合、ドイツテレコムのリテールの営業マンは最終引き込み線の卸売を行なっているホールセールの社員と営業情報を共有できません。これは最終引き込み線のインフラがドイツテレコムの独占ではなく複数社が乗り入れている場合でも(この場合ボーダフォンも持っているとしても)同様で、それぞれのリテール営業は競合他社のコストは見積もりを通してわかるものの、自社がいったいいくらで競合に卸しているのかがわかりません。

無線の世界ではローミングやMVNOへの卸売がこれにあたり、国境を超えて複数の資本グループが競争しているキャリア(イギリスのVodafone、フランスのOrange、スペインのO2 Telefonicaなど)にとっては、ただでさえ制約の多いホールセール部門が利益を産まなくなるどころか競合するキャリアへ情報と現金の塩を送ることになるローミング料の制限は大きな反発がありました。特に自国で貧弱な回線しか借りていない格安MVNOがローミング料のキャップを利用して他国のフルスペックのインフラにタダ乗りするケースは容易に想定できるため、健全な競争を守る仕組みが議論されました。

そうして「Roam like at home」という原則と、段階的に引き下げられるホールセール上限価格(現在€7.7/GB、毎年減額され2022年に€2.5/GBで固定)の運用が生み出されて合意に至り、ローミング料撤廃に向けた道筋が拓けました。

Roam like at home

「契約したタリフとだいたい同じように外国でローミングができる」という原則は、消費者保護と公平な市場を両立させます。欧州委員会の単一デジタル市場戦略のページにわかりやすい例えが示されています。

無制限通話、SMS、データ通信を1ヶ月€70(税抜き€57.85)で契約したオランダに住むTim君は、域内を旅行するとき無制限の通話、SMSができます。データについては税抜きの€57.85の2倍、115.70 €分のホールセール上限(現在は€7.7/GB)が使えます。つまり約15GBまでです。

プリペイドで安いデータ契約0.005/MBをしているチェコのZoranさんは、クレジットが€13(税抜き€10.74)旅行時に残っている場合、 同じくホールセール上限で除した約1.4 GBが使えます。

これはあくまでも規制されている最低条件なので、キャリアの戦略によってはこれよりもいい条件でローミングができることも考えられます。またキャリア側の権利として、

  • 契約時やRoam like at homeを現行契約に含める時に、主たる居住地や通勤などの契約国との関係性の証明の提出を求めることができる
  • 一定の条件(4ヶ月以上の観測や越境通勤者を除外するなど)のもと、警告から反則課金のプロセスを開始することができる

といったことが認められています。つまりこの原則に従うと日本からの旅行で現地のプリペイドSIMを購入する際、ショップは居住証明を求め、Roam like at homeの適用を除外することが可能です。

実際はどうなるのか

とはいえ、運用上の効率や競争からこういった細かいチェックが実際に行われることは考えにくいです。また、各キャリアはこの日を見越して昨年あたりから前倒しでローミング料の割引を始めているので、今日から何かが突然変わるということはありません。

ただし現在欧州に在住していてポストペイドの契約を持っている人は、一度請求書と契約を確認することをお勧めします。

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私が契約している某MVNOですが、現行のEUローミングパックの契約を解除しないとRoam like at homeは適用しないと請求書に書いています。しかもその解約がWeb上でできないという悪質極まりないものです。

こういった行為は原則に違反するため、請求があった場合は訴求して返金を求めることができます。すでにドイツの消費者庁が動いているようですが、ズルズルと係争を待つよりは確認の上問い合わせた方が良いです。

今後どのような影響があるのか

ヨーロッパの無線通信は日米に比べて競争が激しく、キャリアは10年来のレッドオーシャンでビジネスをしています。例えばドイツのボーダフォンのARPUは15ユーロ程度で、ポストペイドに限っても25ユーロに漸減しています。そこに今回の厳しい消費者保護が求められているわけですから、今後は現状維持すら困難な時代になります。

欧州委員会はむしろ4000億ユーロの経済効果と試算する単一デジタル市場に沿った業態変革を通信に限らない様々なインフラ企業に求めていて、Over The Top、アプリケーション、サービスへの経済のシフトを明確に支持しています。

この時流に抗えないことをキャリアはよく理解していて、先に書いたローミング費撤廃の前倒しに加えて、将来このスキームに組み込まれるEEA諸国(アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー)やスイス、トルコを含んだ実質無料ローミングプランを大手キャリアが次々と発表しています。

また、2年後にEUを脱退するイギリスのキャリアでも、ホールセール上限が一方的に破棄されるのでキャリアの競争条件はさらに厳しくなりますが、一度廃止したローミング料を復活させることはできないでしょう。

シリコンバレーに比べるとdisruptiveさに欠けますが、近年のロンドン、アムステルダム、パリ、そしてベルリンのスタートアップシーンは目を見張るものがあり、特に伝統的な製造業やサービス業と結びついたビジネスモデルはこの単一デジタル市場を礎に成長すると期待されます。

 


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