
【セッションレポート】 WwiseとUnrealによるSpatial Audio入門 / Wwise 2025.1最新情報 #CEDEC2025
登壇者: 合田 浩 (Audiokinetic株式会社)
日時: 2025 年 7 月 24 日 (木) 13:40 ~ 14:40
会場: CEDEC2025 第 12 会場
カテゴリ: SND (サウンド) | レギュラーセッション | SPONSORED
概要
本セッションでは、ゲームオーディオの中でも「物理現象の再現」に焦点を当てた Spatial Audio: Acoustics の仕組みと実装方法が紹介されました。あわせて、2025年秋リリース予定の Wwise 2025.1 の新機能や改善点についても公開されました。
Spatial Audio: Acoustics とは
Wwise における空間音響 (Spatial Audio) は、内部的に以下の3つのカテゴリーに分類されています。
- 空間化 (Spatialization):減衰、3D オートメーション、パンニングなど、位置情報に基づいた音の配置処理
- Acoustics:物理現象としての音の伝播 (透過・回折・反射・残響) を扱う領域
- 3D Audio:バイノーラルレンダリングや Atmos 等によるマルチチャンネル処理
本セッションではこのうち Acoustics に焦点を当て、音が環境によってどのように影響を受けるか、Wwise がそれをどのようにモデル化・制御可能にしているかが解説されました。
Wwise の Acoustics 機能は、シンプルな遮蔽・反射モデルにとどまらず、音響シミュレーションをリアルタイムで実行し、ゲーム空間の地形に即した音響変化を再現します。反射・回折・透過といった効果は、プリセットのエフェクトではなく、あくまで音波の振る舞いを模した物理ベースの処理として実装されており、レベルデザインと密接に結びついたサウンド設計が可能となっています。
単に「音が聞こえる/聞こえない」といった制御ではなく、「どう聞こえるか」「どの経路を通って届いたか」といった空間的・時間的な質感の制御を可能にしています。とりわけ、異なるルーム間の透過、複雑なジオメトリを持つ遮蔽物、回折による聞こえの変化といった要素が、ゲームプレイや演出と深く関わるようになる点が強調されました。
音響処理の流れとパラメータ
Wwise における Spatial Audio: Acoustics の処理では、リスナー・音源・エミッターの位置情報をもとに、シーン内の地形に沿った音響シミュレーションが行われます。ここでは回折 (Diffraction) 、透過 (Transmission) 、反射 (Reflection) 、遮蔽 (Occlusion / Obstruction) などの効果が計算され、物理的な音波伝播の近似として扱われます。
Wwise 上ではこれらの効果に対して、0 〜 100 のスカラー値で影響度を指定することができ、それぞれのスカラーには Volume、LPF (ローパスフィルター) 、HPF (ハイパスフィルター) といったパラメータカーブが紐づけられます。単なる音量制御にとどまらず、通過経路による音の質感変化まで緻密にデザインすることが可能です。
パラメータには、プロジェクト全体に対して一括で指定できる「Project Settings」と、オブジェクトごとに細かく上書きできる「Attenuation Settings」の両方が用意されています。これによってグローバルとローカルを併用した柔軟な設計ができるようになっています。複雑なゲーム空間においては、プレイヤーの視点・位置・状況に応じたきめ細やかな調整が不可欠であり、このような階層的な制御構造は非常に効果的です。
回折・透過の制御
回折(Diffraction)や透過(Transmission)は、Wwise における Acoustics の中でもとくに強力かつ繊細な機能です。音が障害物の背後に届く際の回り込みや、壁の素材によって発生する透過音など、現実世界でもしばしば耳にする効果をリアルタイムに再現することが可能です。
Wwise では、回折・透過ともにスカラー値による強度指定と、自動経路検出の制御が用意されています。たとえば、回折の最大角度や最大距離、透過の発生条件などをプロジェクト設定で定義することができ、それに基づいて音の「到達経路」が動的に構築されます。透過に関しては、遮蔽物オブジェクトに対して透過係数 (Transmission Loss) を指定することで、どの程度音が減衰するかを制御できます。たとえば「木の壁」と「金属の扉」では透過のされ方が異なりますが、こうした材質的な違いを反映することができます。
Wwise 2025.1 について
セッションの後半では、現在オープンベータ中の Wwise 2025.1 に関する最新情報が紹介されました。正式リリースは 2025 年 11 月ごろが予定されており、今回のアップデートでは、音響エンジンそのものの強化に加え、開発体験 (UX) やツール連携に関する多くの改善が盛り込まれています。
特に注目すべきは、ゲームランタイムの実行中に音響空間そのものをリアルタイムに編集できるライブエディッティング機能の強化です。今回のアップデートでは、単にパラメータを調整するだけでなく、音素材の選定・配置・差し替えといったプロセス自体をライブエディッティングに取り込むための機能 Media Pool が導入されました。Media Pool は、プロジェクトに使用するオーディオファイルを一元管理できるインターフェースです。これによって、たとえばランタイムの起動中に「環境音を別の素材に差し替えてみたい」といったケースでも、Media Pool からすぐに該当素材を検索し、ランタイムの動作に反映できるようになりました。
所感
ゲームの音響演出が「鳴らす」だけでなく「響かせる」フェーズに移行しつつある中で、Wwise による物理ベースの音響処理は、今後ますます重要な役割を担っていくと感じました。また、Wwise 2025.1 で導入された Media Pool によるライブ編集の進化は、ゲーム開発のイテレーションを高速に回すうえで非常に有用であり、インタラクティブなサウンド制作をより実践的なものにしてくれると期待されます。
音響が「没入感」の決定要因となる今、こうしたツールの進化を追い続けることは、単に音を扱う開発者にとってだけでなく、ゲーム制作に関わるすべての職種にとっても有意義だと感じました。