製造現場と Excel のリアルな関係を考える〜脱 Excel ではなく「寄り添う」ための視点〜

製造現場と Excel のリアルな関係を考える〜脱 Excel ではなく「寄り添う」ための視点〜

2025.12.02

こんにちは。

製造ビジネスてテクノロジー部スマートファクトリーチームの田中孝明です。

クラスメソッド発 製造業 Advent Calendar 2025 2日目のエントリーです。

あらかじめお伝えしておきますが、技術的な内容は一切ありません。

はじめに

製造現場に入って現場を見ると、ほぼ必ず登場するのが Excel です。

装置の稼働日報、検査記録、品質管理、作業指示、トレース用のログ管理、分析用のグラフ作成、材料の入出庫、発注、工程管理まで、あらゆる場面で Excel が使われています。

ソフトウェア開発の観点では対応の難しさから「脱 Excel」を掲げがちですが、実際の現場を見ていると、むしろ「どう Excel と付き合っていくか」を考える方が現実的で、かつ効果も出やすいと感じています。

この記事では、製造現場における Excel 利用の実情と、その強み・課題、そして生成 AI 時代にどう向き合うべきかを整理してみます。

なぜ製造現場は Excel から離れられないのか

自由に改変できる汎用ツールという圧倒的な強み

Excel は「インストールされていれば誰でも使える」「すぐに試せる」という点で、現場にとって非常に相性の良いツールです。

  • フォーマットを現場担当者がその場で変更できる
  • 計算式や集計ロジックを、仕様変更に合わせて柔軟に更新できる
  • マクロや VBA を使えば、ある程度の自動化も自作できる

専用ソフトウェアの仕様を変更するには、ベンダーへの依頼、見積もり、テスト、リリース、といったプロセスが必要になりますが、Excel なら現場管理者が自分で「ちょっと変えたい」を実現できます。

「ソフトウェアの修正を待つより、管理者が Excel を覚えた方が早い」というのは、多くの現場で実感としてあるはずです。

スタンドアロンで動く強み ― ネットワーク障害に強い

製造現場のネットワークは、オフィスネットワークほど安定していないケースも少なくありません。
工場内まで Wi-Fi を対応しているところもあれば、そもそもネットワーク接続自体禁止しているところもあるでしょう。
LAN 障害、サーバダウン、VPN の問題など、中央システムに依存すると業務が止まるリスクがつきまといます。

Excel はローカル PC 上で動作するため、以下の強みがあります。

  • ネットワークが切れても、とりあえずその場の記録は継続できる
  • サーバやクラウドが落ちていても、最低限の作業記録は残せる
  • USB メモリ経由での一時的なデータやり取りが可能

産業用 IoT やデバイスゲートウェイなどは、「クラウドに送れなかったログを一時的に Excel に落として確認する」といった運用もあります。

冗長化されたシステムであっても、最終的な「人が見る・入力する」窓口として、 Excel が現場を支えていることは事実です。

「Excel で記録されている」こと自体は実は優秀

データが残っていることへの正しい視点

システム担当者や IT 担当からは、現場の Excel 運用が「属人的」「混沌としている」と思われることがあります。
しかし視点を変えると、「きちんとデータとして残っているだけでも、かなり優秀」と捉えることができます。

  • 手書きの紙だけで運用している現場もまだまだ多い
  • Excel と言えどデジタルデータとして蓄積されている
  • CSV 変換やインポート機能を通じ、他システムと連携する余地がある

「日報は全部ノートに手書き、集計は電卓」という状況から比べれば、 Excel 運用は明らかに一歩先を行っています。
現場担当者が試行錯誤して作り上げた Excel は、その現場固有のノウハウの結晶とも言えます。

現場担当者の努力と運用の結晶ではあるが、引き継ぎの壁も大きい

大量のマクロ、複雑な数式、隠しシート、色分けルール、コメント欄の使い方など、長年の現場改善活動の結果として育ってきた Excel ファイルは、まさに「運用の結晶」です。

しかし同時に、こうした Excel は次のような問題も抱えます。

  • 作成者本人しかロジックを理解していない
  • 関数やマクロに説明がなく、引き継ぎ資料もない
  • シートが増え続けて構造がブラックボックス化している

その結果、「前任者が退職してしまい、 Excel を誰もメンテナンスできない」「あるセルを消したら全体が壊れたが、どこが悪いかわからない」といった事態が起こります。

現場の「優秀な努力の成果」が、正しく継承されず、むしろリスクとして認識されてしまうことも少なくありません。

ソフトウェア側から見た Excel 対応という「鬼門」

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※ AI 作のサンプルです。

Excel 対応は常に難題だった

パッケージソフトウェアや Web システムを開発していると、「 Excel で入出力したい」「今の Excel 帳票はそのまま使いたい」という要望はほぼ出てきます。

しかし、ソフトウェア側から見ると Excel 対応はかなりの難題です。

  • Excel 特有の書式・マクロ・関数を完全に再現するのは困難
  • テンプレートの微妙な変更が、システム連携を壊すリスク
  • バージョン差異 (Excel 2013 / 2016 / 365 等) による挙動の違い

このため、「 Excel をシステムの標準 I/O として採用するかどうか」は、開発側にとって長年の悩みどころでした。

しかし、現場が Excel を中心に運用している以上、完全に切り離すことも難しく、結果として「ガチガチに仕様を制限した CSV」「中途半端な Excel 対応」がかえって運用を複雑にすることもあります。

「脱 Excel」ではなく「Excel に寄り添う」アプローチ

いきなり Excel からの切り替えは現実的ではない

DX 施策や新システム導入プロジェクトで、「脱 Excel」「 Excel からクラウドへ」といったキーワードが出てくることもあります。
現場の実情を考えると、以下の理由から現実的ではないケースがあります。

  • Excel に慣れている現場担当者の負担が大きい
  • 移行期間中の二重入力・二重管理のコストが高い
  • Excel に埋め込まれたノウハウを完全に移植するのが困難

その結果、「新システムは導入したが、結局 Excel も併用され続ける」「二重管理で誰も得をしていない」という状態になります。

Excel に寄り添った提案の方向性

現場とシステムの両方を見ている立場からすると、「Excel をどうやって無くすか」ではなく、「Excel をどう位置づけ直すか」が重要だと感じます。

例えば、以下のようなアプローチが考えられます。

  • 中核データはクラウドやデータベースに集約しつつ、
    現場の入力・閲覧インターフェースとして Excel を使い続ける
  • IoT ゲートウェイや SCADA から自動出力するレポートを Excel 形式にして、
    既存の分析フローを極力変えないようにする
  • Excel テンプレートを標準化し、「シート構造」「列名」「ファイル命名規則」などを定め、
    引き継ぎやシステム連携しやすい形に整える

「 Excel を否定する」のではなく、「 Excel を前提に設計し直す」というスタンスが、現場の負荷を抑えつつ DX を進めるうえで有効だと考えています。

Excel が苦手な領域 ― 同時編集と運用設計

同時編集の課題

Excel は 1 人で使う分には非常に強力ですが、「複数人で同時に扱う」ためには工夫や別途対応が必要です。

  • ファイルサーバ上の Excel を複数人が開くと、上書き競合が発生する
  • 誰がいつ何を変更したか、履歴を追いづらい
  • 誤ってローカルコピーを編集し、そのまま運用されてしまう

Microsoft 365 のようなクラウド版 Excel であれば共同編集機能がありますが、製造現場ではインターネット接続制限やライセンス、セキュリティポリシーなどの事情から、必ずしも全ての PC で利用できるとは限りません。

Reader / Writer 権限や中央集権化など、運用で補う必要性

この同時編集の弱さを補うには、 Excel 単体の機能だけではなく、「運用ルール」と「権限設計」が重要になります。

例としては、以下のようなパターンが考えられます。

  • 編集権限を持つ「Writer アカウント」を限定し、それ以外は「Reader」として閲覧のみ
  • 日次やロット単位でファイルを分け、「編集期間」と「確定後のロック」を運用ルールで定義
  • マスタ系情報は Excel ではなく DB やクラウドに置き、 Excel からは参照のみとする

こうした運用ルールは、システム導入よりも地味で手間もかかりますが、 Excel 中心の現場においては、同等かそれ以上に重要な施策です。
Microsoft Entra ID から離れられない部分でもあります。

生成 AI 時代に変わる「Excel の役割」

これまで「ソフトで対応すべきだった部分」が軽くなってきた

これまでであれば

  • 複雑な集計処理
  • レポート生成の自動化
  • ロジックの整理・リファクタリング

といった処理は、専用のソフトウェアやマクロ開発が必要でした。
しかし、生成 AI の登場により、これらのハードルが確実に下がりつつあります。

  • Excel の関数やマクロの意味を AI に説明させる
  • 仕様書がない既存の Excel を AI に解析させ、構造を整理する
  • 手書きや紙の帳票を AI に読み取らせ、 Excel フォーマットに変換する

といったことが、現実的なコストで可能になりつつあります。

Microsoft Excel も生成 AI を取り込み始めている

Microsoft は Copilot を通じて、Excel に生成 AI 機能を統合し始めています。
これにより、次のような使い方が現実的になっています。

  • 自然言語で「このデータから不良率の推移を分析して」と指示する
  • グラフやピボットテーブルの自動生成を AI に任せる
  • シミュレーションパターンの作成や WHAT-IF 分析の下準備を AI に代行させる

また、サードパーティ製の連携ツールも登場しており、「Claude for Excel」のように、外部の生成 AI を Excel から利用するアプローチもあります。

これからの方向性 ― 現場と Excel の両方に寄り添う提案を

生成 AI によって、Excel 自体の活用事例が増えることで、これまで弱点だった部分の一部が補われつつあります。

  • 複雑すぎるマクロや数式の可視化・説明を AI がサポート
  • 簡易的なシステム機能を Excel + AI で代替できる場面が増える
  • 現場担当者が、自分で Excel と AI を組み合わせて改善できる余地が広がる

この状況を踏まえると「Excel は古いから捨てる」のではなく、Excel を中核 UI として残しつつ、バックエンドを IoT ゲートウェイやクラウドに置き換え Excel と生成 AI を組み合わせて、現場改善のスピードを上げるといった提案の方がバランスが良いと感じています。

産業用 IoT やデバイスゲートウェイの導入を進める中で、「現場の Excel をどうするか」は常に避けて通れないテーマです。

いきなり「脱 Excel」を目指して現場の反発や混乱を招くのではなく既存の Excel 運用を正しく評価し、どこを残しどこをシステム化・自動化し、どこに生成 AI を組み合わせるかを一緒に設計していくことが重要だと考えています。

今後も「Excel と現場に寄り添った提案」を継続的に発信していきたいと思います。
製造現場での Excel 活用や、その周辺の IoT・データ連携について具体的な構成や運用のご相談があればぜひお聞かせください。

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