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その学園は異端か正統か?変化する時代に進化を求める生徒と学園の成長記録【角川ドワンゴ学園N中等部】

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こんにちは。DI部の春田です。

突然ですが、みなさんは一時期話題になった「VR入学式」というものを覚えていますか?

VR入学式とは、2016年に新しく開校された通信制高校、角川ドワンゴ学園 N高等学校 (以下、N高)で開催された入学式です。沖縄伊計島本校と都内の入学式会場をVRの世界でつなげて同時開催するという前代未聞の入学式によって、N高は一躍世間の注目を集めましたが、昨年度の3月、ついにN高の第1期生が卒業されました。国内・海外の大学や専門学校に進学する人も入れば、企業に就職する人、進学も就職もせず自身の夢を追う人など、卒業生の進路は非常に様々なものでした。

(N高入学式の様子)

そしてその勢いのまま、中学生年代向けの角川ドワンゴ学園 N中等部(以下、N中)が今年の4月から新しく開校されました。すでに全国で200名以上の生徒がN中に通い始めています。

さて、読者のみなさんは、この角川ドワンゴ学園が具体的に何をやっているかについてご存知ですか?世間がイメージしている同学園は、いまだ「ニコニコ動画の学校」や「ドラクエ遠足」といったサブカルチックな印象が強いと思います。しかしその対極で、世のお子さんや保護者の方からは「最先端の教育が受けられる学校」として、その支持をじわじわと集めているらしいです。そして偶然にも、僕の知人がそれに魅了された一人でした。

というわけでこの度、僕の知人でありN中生の川原明日奈さん(仮名)にご協力をいただき、 N中等部第1期生の成長を追う連載ドキュメンタリー を企画いたしました。1年間全3回に渡って明日奈さんにインタビューし、N中等部での稀有な体験によって彼女たちがどう変化し、成長していくのか追っていきたいと思います。同時に、N中の教育方針やカリキュラムについて、世間に認知されていないディープな部分のご紹介もしていきます。なお、プライバシー防止のため、本文には内容に差し支えない程度にフェイクの情報を散りばめております。また、話のテンポを考慮して常体(だ・である調)で執筆しております。

もくじ

川原明日奈さん

私が川原明日奈さんと会うのは、実に5年ぶりぐらいである。以前あった時は小学生だったから、ブレザー姿も相まってかなり大人っぽくなっていた。肩にかかるくらいの髪の毛を、鮮やかな黄色のシュシュで束ねている。小柄な体に合わない大きめのリュックには、一体何が入ってるのだろうか、かなり気になってしまう。

「こんにちは。今日はありがとうね。」と、インタビュー協力に感謝し、軽い世間話を終えたところで、いよいよ本題に入った。用意した質問は山ほどあるが、まずは一番気になっていた質問をぶつけた。

「あの数学の質問、すごくびっくりしたんだけど(笑)。何の本読んでたの?」
「『青の数学』っていう本です。今まで読んだ本の中で、一番のお気に入りですね。」

あの数学の質問とは、次の整数問題のことだ。

[latex] n と x が整数のとき、2^n + 7 = x^2 の解をすべて求めよ。 [/latex]

これを中学生にどう解説すべきか悩んでいたが、ふと思った。指数関数は高校の範囲である。まして、証明問題も中学でやった記憶がない。彼女いわく、読んでいた小説に出てきた数問らしいが、私はその小説のタイトルがずっと気になっていた。

『青の数学』(著:王城夕紀、出版:新潮文庫nex)
数学に熱中した高校生が繰り広げる青春小説。青の数学というタイトルの通り、出てくる登場人物もクールな子が多く、静かで淡々とした雰囲気が特徴的。中二病感のあるキャラクターが多いが、これがまた青臭くて良い。情景描写が鮮やかかつスムーズで、冷たいうどんをすするようにツルツル読めるので、暑い夏にオススメ。

さて、「明日奈さんはどんな子か?」と問われれば、「読書人」と答えるのがピッタリだろう。好きなアニメの原作やライトノベルといった比較的読みやすい本から、大人も好む普通の小説も読んでおり、たまに気になった本をジャケ買いすることもあるらしい。彼女のお母さんの話によると、読んだ本の内容を説明してとお願いすると、お話の全体像から入り、ポイントをかい摘んで説明してくれるそうだ。また、先ほどの数学の質問の通り、彼女は数学も好きだ。なんでも、気になった数式があれば自分から解いてみるらしい。

明日奈さんの父は、都内で飲食店を経営しており、彼女も時々お店の手伝いをしている。昔から、お店のスタッフやバイトの大学生に可愛がられて育ち、このように小さい時から大人と接してきたからか、彼女の性格はかなり大人びている。インタビュー中もこちらの目を見てうなずき、時々質問の意図を確認してくれる。とても相手が15歳だとは思えない。

また、明日奈さんには年が9つ離れたお姉さんがいる。彼女は化学科を専攻している大学院生で、面倒見が良く、相手のことをしっかりと考えられる、気遣い上手な人である。明日奈さんはそんなお姉さんのことが好きで、尊敬しているそうだ。明日奈さんはさらにこう続けた。

「他に尊敬している人は、小学校の4〜6年の時の先生ですね。すごく怖かったんだけど、生徒のことをちゃんと見てくれている人なんです。あと、先生は話し方がすごく上手でした。6年生の時は、本当に毎日が楽しかったですね。」

明日奈さんは時折、「話し方」や「聞き方」といったワードを口にする。彼女はとりわけ「会話の作法」にアンテナが働いており、どう振る舞えば相手に伝わりやすくなるのか、どういう聞き方なら相手が心地よく話してくれるのか、といったことに興味があるようだ。同級生からも聞き上手で話しやすい子だと思われているらしい。

中学生になって起きた変化

一見すると、普通に学校生活を送っていそうな明日奈さんだが、彼女のお母さんから「最近娘が学校に行ってない」と聞いた時は、本当に驚いた。センシティブな質問だったが、彼女は学校に行かなくなってしまった経緯を説明してくれた。

「学校に通わなくなったのは中学2年生の時からですね……。同級生の子から、いじめのようないじりを受けていたんですが、いじめっていうほど大げさなものではなかったから、先生にもなかなか言いづらくて。『嫌いならほっといてよ』って思ってたのですが、後から人づてに聞いた話だと、その子はただ友達になりたかっただけみたいなんです。そんなの、『友達になろ?』って言ってくれれば済む話じゃないですか。私自身、話を聞くのは得意な方かなぁと思っていたので、(素直に言ってくれなかったことが)逆にうわぁーってなっちゃって……。」

同年代と比べても、とりわけ大人びている彼女に、相手の子も構って欲しかったのだろう。多感で繊細な中学生の年代では、コミュニケーションを上手に取ることがなかなか難しそうだ。

「しばらくして長期休みに入ったのですが、その子と会わなくなるわけじゃないですか。学校に行かないってこんなに楽なことなんだなって気づいてしまったんです。私なんで学校に行ってるのかなって。始業式が近づくにつれてどんどん億劫になっちゃって……。」

そうして、彼女はついに学校へ通わなくなってしまったそうだ。彼女は、自身の中学校についてもこう続けた。

「小学校の時は、こういう小さないじめとかもちゃんと見ててくれていて、先生が1対1で話す場をちゃんと設けてくれてたのですが、中学校の先生はちょっと忙しそうで、そういう訳にいかなかったんです。あと、クラスは運動部の人の声が大きくて、主張の強い子が目立っちゃうんですよね。」

その後はどうしていたのだろうか?

「その後は保健室登校みたいな感じで、とりあえず学校には行っていました。けれど基本自習してるだけだったので、これなら家でもできるなって思ってしまって。出席日数的には良いんでしょうけど……。正直言うと、学校に通っている時は、やらされることが嫌いなので、そんなに勉強が好きじゃなかったです。学校に行かなくなってから、勉強したいなって思うようになって、国語と数学に関しては自分で勉強するようになりました。今は勉強楽しいと思いますし、好きですね。」

それ以来、明日奈さんはテスト日や通知表をもらう日、学校行事の日などに登校するようになった。今の中学校には、どうしても通いづらくなってしまったため、継続して通えるようにフリースクールも検討したそうだ。

「フリースクールに行ったことがあるんですけど、そこの生徒たちは勉強が苦手な子が多くて、ちょっと合わないなと思ってしまいました。私自身は、勉強は楽しいし、勉強頑張りたいなと思っていたので。」

なかなか良い解決方法が見つからず悩んでいたある日、明日奈さんのお母さんが一冊のパンフレットを持ってきた。4月に開校される、角川ドワンゴ学園N中等部のパンフレットである。

N中等部との出会い

明日奈さんは、ニコニコ動画はたまに見るそうだが、母体が一緒の角川ドワンゴ学園については知らなかったらしい。早速説明会に出向いたが、その時の出来事に感心してしまったそうだ。

「説明会の時にグループワークをしたんですが、それが本当に楽しくて……。みんな初対面だしグループの中には大人も混じっていたのですが、自分から話すこともできたし、みんなで一つの目標に向かって協力できていることがすごい嬉しかったです。もともと会話することが好きなので、そういう機会がもっとあればいいなーと思っていました。あと、先生の話し方や聞き方が本当に上手で、お話することがすごい楽しかったです。話し方について見ても学びたいし、教えても欲しいと思いました。」

N中等部の説明会では、実際のカリキュラムを体験できるワークショップがあると言う。しかも、同伴している保護者も混じって体験するそうだ。角川ドワンゴ学園はこういった年の差、世代の差を感じさせない場所を意識して、学園づくりを行っている。

こうして明日奈さんは、「私が求めていたのは、まさにこれだ!」とのことで、N中等部に出願した。適性を見る入学テストにも、手応えはなかったようだが無事合格することができた。N中等部は一条校 *1という正式な学校の括りではないため、自身の中学校にも籍を置きながら、4月から通い始めている。

N中等部の友達について聞いてみた。

「私のクラスは人数が大体30人くらいですね。N中生はみんな、やりたいことや特技を持っていて、一緒にいてすごい楽しいです。絵が上手い子とか、動画や音楽を作っている子、演劇をやっている子、プログラミングできる子など、本当みんな個性が強いですね。15時20分に授業が終わるんですが、放課後はみんなで人狼したり、パソコンゲームしたりして遊んでます。」

また、N中等部の生徒は、N高等学校の「文化祭」の場であるニコニコ超会議を「文化祭」に参加することができる。今年も4月の終わりに開催され、2019年度は過去最高の16.8万人となった。N中生は入場料が無料らしく、明日奈さんもN中で出来たばかりの友達と行ってきたそうだ。この一大イベントの役割自体、徐々に変わってきているように思える。

(ニコニコ超会議2019「超人間将棋」: 将棋駒の産地として知られる山形県天童市の春の風物詩「人間将棋」をアレンジして開催)

自動販売機が「教材」に!?

明日奈さんのN中等部生活の中で、とりわけ面白いエピソードがあったので、紹介しよう。

「友達と『自販機に飲みたい飲み物がないねー』という話をしてたんですが、先生がその話に加わってきて、『学年主任の先生に言ってみたら?』と勧められたんですね。主任の先生にそのことを伝えたら、自販機のメニューを見せてもらえて、欲しいものがあったら変えてもらえることになったんですよー。」

この話だけ聞くと、「N中等部は、生徒の要望を全部反映するのか?」というイメージを持ってしまうが、そういうことではない。N中等部側の先生によると、「とっさに思いついて、自動販売機を教材にした」ということらしい。どういうことかと言うと、今の自動販売機にはこういった不満があって、この商品に変更してもらえれば、私だけでなく生徒みんなもハッピーになる、というように、「筋道を立てて、人に説得する経験」をさせてあげたい、という意図があったそうだ。そもそもどんな学校でも、「生徒は先生に説得していけない」なんてルールは校則に載っていないはずだ。生徒たちがお利口なため、勝手に常識として思い込んでいるだけである。こういった常識を常識として捉えないことは、何か新しいこと起こす上で、非常に重要な感覚ではないだろうか。

同じようなエピソードだが、N高生の話になるとこれがさらに面白い。N高生の場合は、先生を介すことなく、生徒から直接、納品業者に提案したらしい。それも、生徒に対して事前に飲みたいドリンクについてアンケートをとり、「この商品に変更してもらえば、買う確度と頻度が上がるから、業者さん側も売上が上がってWin-Winでしょ?」というような筋で提案したそうだ。そしてこれを一回きりに止めることなく、毎月商品の入れ替え戦を行っているらしい。自販機を題材に、生徒たちだけで一つのプロジェクト学習にしてしまったという例である。

N高にキャンパスができたのも、生徒が学園側に提案したことがきっかけだという。N高は当初、ネットの世界で完結できる通信制高校を目指していたため、通学制を用意することは考えてなかったいなかったらしい。仲間たちともっとリアルで集まって、みんなで学園生活を楽しみたい、色んなことに挑戦していきたいと生徒からの要望があり、沖縄にある伊計本校以外に、現在は全国に13ものキャンパスが開かれている。もちろん、学園側も事業としてやれるかどうかを検討した上で生徒の要望を反映しているが、角川ドワンゴ学園全体の校風としてわかるのは、生徒が主導して学園を作っている、ということである。

(ニコニコ超会議2019「N高ブースの寄書き」: N高生の青春とパワーが詰まっている)

明日奈さんが挑戦してみたいこと

彼女がN中等部でチャレンジしてみたいことは、かなりたくさんだ。

「まずはやっぱり、話し方や聞き方について学んでいきたいですね。この前の授業では、『ジェスチャーを入れた話し方と入れない話し方では、どう印象が変わるのか』とか、『うつむいたまま話すのと体を起こして話すのでは、どう違うのか』とかを教えてくれました。」

と、身振り手振りを混じ入れながら話す彼女の姿を見て、飲み込みが早い子なんだなと思った。この「話し方・聞き方」の授業は、N中等部のカリキュラム中の、「ライフスキル学習」という授業で行っている。N中等部のカリキュラムで特徴的なのは、それぞれのカリキュラムにしっかりと「元ネタ」がある点である。教育学や社会学、心理学といった研究者をカリキュラムの開発メンバーに招いて協力を得ているので、学術的なバックボーンがしっかりと備わっている。このライフスキル学習は、WHO(世界保健機構)が「日常生活で生じるさまざまな問題や要求に対して、建設的かつ効果的に対処するために必要な能力」として定義した10のスキルを基本として、開発された(開発されている)。

「あとはそうですね。小説を書いてみたいです。本も好きですし、作文も好きなので、小説を書いてみたいなとは思ってたんですが、なかなかどう書いて良いのかわかんなくて…。N中等部のN予備校 *2ってとこに、『小説の書き方』みたいな授業があって、そこでソードアートオンラインの作者さんが直接教えてくれるみたいな。あと、プログラミングにも興味があります。パソコンには興味はあったんですが持っていなかったので、挑戦するきっかけがなかったんですよねー。まずはタイピング練習からですね!」

角川ドワンゴ学園の強みの一つは、その運営母体である。同学園は、出版やエンタメ系のコンテンツを提供するKADOKAWAと、ニコニコ動画を中心に各種ITサービスを展開するドワンゴの2社が持つリソースを贅沢に活用している。明日奈さんが言っていた『ソードアートオンライン』は全世界累計発行部数が2,200万部をも突破している人気ライトノベルで、アニメ化や映画化もされている。その出版社がKADOKAWAであり、その縁で『ソードアートオンライン』の作者の方が講師を勤める授業があるという。また、プログラミングの授業は、ドワンゴの現役エンジニアが実践的な内容で教えているそうだ。

明日奈さん自身はまだ、将来何をしたいのかよくわかっていないそうで、それを見つけるためにN中等部に来たという。読者の皆さんがどう感じているかはわからないが、私は彼女の今後の成長が楽しみで仕方ない。一緒に、N中等部で1年を過ごす彼女の成長っぷりを見守ってもらえたら嬉しく思う。

インタビューを終えて、彼女にお礼のLINEを送ると、こんな返信が来た。

「今日はありがとうございました!最初はガチガチに緊張してたけど、だんだん慣れてきました。聞き方が的確で答えやすかったです。」

いやいや、質問が的確かどうかも評価できてしまうのか。今後もインタビューをしていく身としては、なんとも末恐ろしい子である。

おわりに

長々とお読みいただき本当にありがとうございました。楽しんでもらえたら幸いです。

次回の投稿は、11月頃を予定しております。中間レビューとして、印象的だったN中等部の授業や自身の変化についてインタビューしていきたいと思います。

そして後日、角川ドワンゴ学園N中等部の先生方に取材した際のインタビュー記事を投稿します。角川ドワンゴ学園についてもっと知りたい場合は、良かったらそちらも読んでみてください!

追記:投稿しましたー!

参照:

脚注

  1. 学校教育法第一条で定められた中学校、すなわち正規の義務教育学校のこと。非一条校にはインターナショナルスクールやフリースクールなどが挙げられる。
  2. N高等学校やN中等部の生徒が使用する学習プラットフォーム「N予備校」では、教科学習の他にもクリエイティブ授業やプログラミングなど多様なカリキュラムが提供されている。