新時代の教育のあり方とは?角川ドワンゴ学園N中等部の1年間で起きた生徒と先生の変化について
こんにちは。DA事業本部の春田です。
本稿は、2019年7月から投稿してきました角川ドワンゴ学園N中等部ドキュメンタリーの第3回の記事です。
本企画では、N中等部第1期生であり、僕の知人の川原明日菜さん(仮名)と、先生方の1年間の成長・変化を追っています。第1回記事では明日菜さんの紹介やN中等部でのエピソードについて触れ、第2回記事ではカリキュラムの進捗とN中等部の人間関係についてご紹介しました。
最終回となる今回は、主にN中等部の先生方に再インタビューした内容をまとめています。類を見ない新しい教育によって、1年間で生徒たちのどういったところが成長し、先生としての役割はどう変わっていったのでしょうか。なお前回と同様、本文は常体(だ・である調)で執筆し、プライバシーを配慮して内容に支障ない程度にフェイクの情報を散りばめています。
今回インタビューにご協力いただいた先生方
- 為野圭祐 先生
- N中等部 通学コース運営部 部長
- 目黒雄平 先生
- N中等部 キャンパス職員(現在:キャリア開発部 21世紀型スキル教育課)
目次
新型コロナとオンライン授業
3月の春、学校生活を晴れ晴れと締めくくる卒業シーズンである。人生でもそう多くは体験できない貴重なイベントであるが、2020年の3月は多くの学校が休校となり、卒業式も中止や縮小となってしまった。角川ドワンゴ学園N中等部もその例外ではないが、この厳しい状況の中でも最大限のパフォーマンスを発揮していた。
N中等部は、国内で新型コロナの感染者が出始めた2月上旬から対策を検討しはじめ、公立中学校が休校となる1週間前の2月25日から登校停止とし、完全なオンライン授業へと移行した。国語数学といった教科学習のみの学習塾とは違い、N中等部はコミュニケーションスキルやICT、プロジェクト型学習に注力したカリキュラムが多く、それらの授業をオンライン上でどう再現するかが課題であった。しかし、この課題自体は新型コロナに起因するものではなく、2020年の4月から始まるN中等部ネットコースに向けての課題であった。約1年かけて、教職員で何度もトライアルを繰り返し、通学コースの生徒にも協力を依頼してこのオンライン授業の準備を進めてきた。2月にもなれば、その下地はすでに整っていたと言っていいだろう。
N中等部でカリキュラムを開発してきた為野先生が話す。
「N中等部のカリキュラムをオンライン上で展開しても、コンテンツが内包する学習効果はおそらく成立するとは思っていました。ただ、生徒がどれだけ積極的に参加してくれるか、内面的な成長をどれだけ繋げられるかについては未知数だったため、そういった点での不安はありました。」
このようなハンデがありながら、想定よりもスムーズにオンライン授業に移行できたのは、Zoomの機能をいち早く使いこなし、オンライン授業を盛り上げてくれた生徒たちのおかげである。むしろ生徒たちは、キャンパスでやっていることをオンラインで再現するのではなく、オンラインだからこそできる授業を先生たちに求めた。生徒たち自身でも、残り少ない時間で在校生たちに何か残せないかと、オンライン上でできる催し物などを健気に準備した。今の状況を受け入れて最大限に活用する力は、子どもたちの方が備わっているのだろうか。
結果、生徒はどう変化したか?
「クラスがここまで賑やかになるとは思ってもなかったですね。」
2019年度の夏からN中等部の担任となった目黒先生が、しみじみと振り返った。最初は、対先生でも生徒同士でも自分のことをあまり話さない子もいたが、キャンパス生活を通して少しずつ心を開き、今では騒がしいほどになったと笑った。自分の感じたことを話し、相手の話も聞き、意見が違うことも当たり前と受け入れる。「コミュニケーション能力の向上」と一言で片付けられることを、N中等部では21世紀型スキル学習やプロジェクト学習を通して、多面的に取り組んできた。授業を通して、思春期の複雑な感情を言葉にし、自身を客観視することで、多くの生徒が自分の気持ちをコントロールできるようになった。また、以前より前向きな話をするようにもなり、見た目でもわかるくらい活発になった。
生徒の内面的な成長は、1年を通して定期的に記入し続けてきたアセスメント *1によって、数値的にも測ることができる。各項目は全体的にポジティブな方向に成長しており、主に学園祭や高校受験など、規模の大きなイベントの時に変化率が高くなった。また、ある項目の変化の仕方について、興味深い傾向があったと為野先生は言う。
「基本的にマイナスに振れることはなかったのですが、一時期『共感性』が全体的に落ちてしまった時がありました。入学当初は人の気持ちがわかると思っていたが、授業で人と協働していくうちに、意外とそれができていないと認識した生徒が多かったのですね。そしてこの『共感性』が落ちた時期、生徒の『自己認識』は逆に上がっていました。」
確かに自分が相手の考えを理解できているかどうかなんて、意識してみないと気づかないことだろう。生徒たちは素直にそれを認識した後、自分の考えを言葉にし、相手の話もしっかり傾聴するよう意識しはじめた。その結果、2ヶ月ほどで共感性スキルも上がっていったという。卒業前の振り返りで、「人と話せるようになった」と実感している生徒も多いほどだ。
国数英の基礎教科についても、「勉強が楽しくなった」と振り返った生徒が何人もいた。生徒の中には、小学校5年6年の復習をしてる生徒から、高校範囲の勉強を進める生徒までいて、各々が自分のペースで勉強している。前者に関しては、入学時の20%ぐらいの生徒が小学校の算数から復習していたが、今では大半の生徒が中学校の学習進度に追いつくことができた。TA(ティーチング・アシスタント)が勉強の進め方やノートの取り方を教え、生徒はポイントを抑えた10分程度のオンライン教材を繰り返し勉強していったことで、自学自習の基礎が根付き、勉強が苦手だった生徒でも少しずつ自信が持てるようになった。
教室には勉強が得意な子と苦手な子の両方が共存しているが、勉強を教える側と教わる側でうまく噛み合った結果、授業で学べること以上の成果となったエピソードもある。
ある日、生徒のAさんが高校の学習範囲にあたる三角錐や円錐、球体の公式をホワイトボードに書き出して周りの生徒に説明していた。その近くには、小学校範囲の分数を復習していたBさんがいたのだが、ふとBさんから「なんで全部の公式に3分の1が付くの?」という疑問が投げかけられた。
当時Aさんは高校数Ⅱの微分の勉強を進めていたが、Bさんの疑問を解決するためには「積分」の知識が必要となる。それを2週間かけて自力でキャッチアップし、積分の公式から先の疑問までを同級生(中学生)にもわかるレベルまで噛み砕いて理解させたという。
結果的に、教えた側のAさんは積分計算が得意になり、どんな問題でも出題者の意図や理由を把握した上で解けるようになったそうだ。こういった勉強に関する議論がキャンパス内の至るところで発生するのが、角川ドワンゴ学園のカルチャーである。
((株)グルーヴノーツ、(株)ミミクリデザインと共同開発をした未来の教室 実証事業「AI/機械学習 を用いた課題解決プログラム」の様子。2020年2月3日〜2月14日にかけて、生徒たちはAIや機械学習について学び、それを使ってキャンパス内の身近な課題解決に取り組んだ。)
先生としての新しい役割
N中等部は2019年の4月に開校されたばかりで、学習コンテンツの開発もかなり慎重に進めてきた。が、少し慎重過ぎたようである。生徒の飲み込みスピードが思っていたよりも速かったのだ。例えば21世紀型スキル学習では、1年を通してコミュニケーションと相互理解のためのワークショップしていく予定だったが、想定よりもそれが早くできるようになってしまったため、生徒が授業での挑戦が物足りなく感じてしまった時期があった。その後生徒から「N高 *2のように何か成果物を出したい」という要望があったため、より応用的な課題解決に挑戦する授業を増やしていった。
そのうちの一つに、「ディズニーランドやUSJを研究する」というフィールドワーク型の授業が行われた。言い換えれば遠足であるが、N中等部は「修学旅行や遠足に行きたい」という生徒の要望をそのまま受け入れず、学習目的としても通用するよう、生徒に企画書を練り上げさせて実現した授業だ。このフィールドワークに関連した課題解決の授業は計8回行われ、テーマパークとしてのコンセプト研究や、ペルソナ分析がグループワークで進められた。当日のフィールドワークも、名目上は「現地調査」である。生徒たちは丸一日観察の目を持った上で、ビッグサンダーマウンテンなどを心ゆくまで "調査" した。人間、遊び感覚で何かにハマれると強い。後日のプレゼンも白熱したようだ。
プログラミングの授業は、当初は一斉授業のような形で進められていたが、好みや習得の速さに違いがでてきたため、自学自習スタイルに変更した。それに併せて、生徒の前に立ってプログラミングを教えていた教師の役割も、それぞれの生徒に合った学習コンテンツをマッチングさせるという役割に変わっていった。
基礎学習に関しては、カリキュラム上で大きな変更はなかったが、理科や社会を勉強する生徒も増えてきた。中学生向けのコンテンツで国数英以外の教科はN予備校には用意されていないため、授業は生徒とTAで相談しながらオリジナルのものを開発している。例えば、関税について学んでいた生徒たちは、国と国がモノとカネをやり取りして利益を生み出すシミュレーションゲームを開発し、遊びながら学んでいたという。
生徒に合わせて授業の形は変わっていったが、先生のスタンスは開校当初から一貫している。これまでの話からもわかる通り、N中等部の先生は授業の中心にいない。前に立って生徒に教える必要がない分、先生への負担は小さくなったが、生徒から主体的に動いてもらうために、今までとは異なる5つの役割が求められている。
1. コーチング(Coaching)
生徒が自走できるように、目標設定や課題発見を対話で言語化させ、自学自習の下地を整えること
2. ファシリテーター(Facilitator)
生徒間のコミュニケーションや協働を活発にするために、会話をファシリテートすること
3. マッチング(Matching)
生徒の目に届いていない知識やツール、価値観をマッチングさせてあげること
4. メンター(Mentor)
生徒の良き理解者となり、感情や考えを言語化できるように引き出してあげること
5. ロールモデル(Role Model)
生徒の期待に応え、生徒の模範となるよう、自身も学び続けること
N中等部の先生たちはこれらの役割を1年かけて体に馴染ませ、ようやく腹落ちすることができたという。N中等部には、公立の小中学校出身の教職員だけでなく、元予備校講師やインターナショナルスクール出身もいれば、教育業界外の背景を持つ教職員もいる。様々なバックグラウンドを持った先生が集まり、生徒とどう向き合っていくべきかについて、日々議論を重ねている。
N中等部の2年目
N中等部は今年の2020年度から、関東で3つ、名古屋で1つキャンパスが追加され、全7キャンパスで生徒を迎えることとなった。加えてネットコースも開設されるため、生徒数はさらに増加する。為野先生が現状の課題について話してくれた。
「21世紀型スキル学習では、感情・思考・協働を軸としてきましたが、今後は『内省的な探究』についてもカリキュラムとして設計していく予定です。自分は何に興味があるのか、何をアイデンティティにしたいかを生徒自身に探究させるのに、これまでは先生たちの活躍に頼っていた面が大きかったので、それをコンテンツとして提供できるように開発を進めています。」
為野先生いわく、「抽象的な興味や目的」と「具体的なスキルやツール」の両輪があってはじめて、生徒が自走できるようになるという。N中等部はこれまで、コミュニケーションスキルやプログラミング、基礎教科といった具体的なスキルやツールを学ぶためのカリキュラムが多かった。自分の興味や目的に関しては、先生との面談や日々の日誌、何かしらのイベントを通して、緩やかに自分自身を知るという、いわば少し曖昧なところがあったが、それを今後はコンテンツとして明示的に展開していく。なかなかハードルが高そうな挑戦だ。
「生徒にとって、『N中等部に来た限りは、何かしらの成長ができる』という場所でありたいですね。」
N中等部を生徒のただの居場所とはせず、教育効果もある環境として設計していくことが、先生たちのプライドである。
明日菜さんの成長
最後に、2019年の4月からインタビューに協力してくれたN中等部第1期生の川原明日菜さんの近況について紹介して終わりたいと思う。3月は登校停止でオンライン通学になってしまい、友達と直接会えなくなってしまったことを残念がっていたが、相変わらず元気そうだった。
彼女の変化を見ていて興味深かったことは、彼女は1年間かけてどんどん丸くなっていったということだ。自分のやりたいことに挑戦できる環境の中で、「彼女の持っている個性はどんな尖り方をしていくのか?」と期待していたが、小手先のスキルが尖ったというよりかは、もっと深いところで人間味が増したような印象だ。周りから一歩引いて物事を見る性格は、1年前の最初のインタビューから引き続き健在だ。
「N中では、プログラミングとか今まで全く知らなかったことに挑戦させてもらえたけど、一番大きかったのは友達ができたことですね。何回も言ってますが、それが一番嬉しい。」
そんな良き友達とともに、彼女はN高へ進学することとなった。N中等部の生活で「人と話すことが好きな自分」を改めて知った彼女は、自分で大学進学の費用も工面すべく接客業のアルバイトも始めるようだ。
「N高やばい人多くてビビる。私と同じくらいかなーって思ってた子も全然頭良くて、えへへみたいな(笑)」
個性の尖りきった同級生に対して、彼女はまだ少し遠慮しているような感じがする。中学以上に幅が広がる高校生活。彼女には思いっきり青春を突き抜けていただきたい。
最後に
私の個人的な興味で進めてきた本企画ですが、関係者の皆さまにこの場をお借りしてお礼申し上げます。N中等部生の川原明日菜さんとそのご家族、N中等部の先生方と広報担当者の方々、1年間インタビューにお付き合いいただき本当にありがとうございました。