
NVIDIAの基盤モデルを学ぼう 後編:時系列基盤モデル、医療・創薬、科学計算AI
こんちには。製造ビジネステクノロジー部の中村(@nokomoro3)です。
「NVIDIAの技術をまなぼう」ということで、NVIDIAの技術でよく聞くキーワードをピックアップして紹介します。
前編では、生成AI・AIエージェント向けのNemotronと、ロボットや自動運転などのPhysical AI向け技術を紹介しました。
本記事では後編として、NVIDIAが提供する科学・産業AI向けのモデルと開発基盤を、次の4分野に分けてご紹介します。
本記事で紹介する技術
- 時系列分析:予測、異常検知、分類を行うNV-Tesseract
- 気象・気候:観測データなどから気象・気候を予測するEarth-2
- 医療・創薬:生命科学・医療向けのモデルと開発基盤をまとめたClara
- 量子コンピューティング:量子コンピューターの調整と誤り訂正を支援するIsing
NVIDIA NV-Tesseract
NV-Tesseractは、センサー値、設備ログ、需要、交通量、金融指標などの数値時系列データを分析するNVIDIAの時系列基盤モデル群・オープンソースライブラリです。
2025年5月に、予測・異常検知・分類へ対応するモデルファミリーとして発表されました。当初は評価ライセンスによるカスタマープレビューでしたが、2026年には予測モデルと異常検知モデルの重み・コードがApache 2.0で公開されました。
| タスク | 入力 | 出力 | 用途例 |
|---|---|---|---|
| 予測(Forecasting) | 過去の1つ以上の数値系列 | 将来の値 | 電力需要、交通量、在庫、価格、設備温度の予測 |
| 異常検知(Anomaly Detection) | 1つ以上の数値系列 | 各時刻の正常/異常判定 | 故障予兆、品質異常、ネットワーク障害、不正取引の検出 |
| 分類(Classification) | 一定期間の1つ以上の数値系列 | 系列全体の分類結果 | 故障原因、稼働状態、活動・症状パターンの分類 |
主なモデルは以下の通りです。
| モデル | 公開・発表年月 | 主な特徴 | 公開範囲 | ライセンス |
|---|---|---|---|---|
| NV-Tesseract Classification | 2025年5月発表 | 時系列全体を、設備の状態、故障の種類、行動パターンなどに分類するモデルとして発表。 | 初期構想で紹介。現状はまだ公開なし。 | 未公表 |
| NV-Tesseract Forecasting | 2026年4月 | MOMENT-1-largeを基盤に採用。モデルによる予測と過去の似たパターンから得た予測を組み合わせるDARRを備え、独自データによる追加学習にも対応。 | 重み・コード公開 | Apache 2.0 |
| NV-Tesseract-AD | 2026年6月 | 拡散モデルで正常な変化を学習し、そこから外れる箇所を検出。判定基準を自動調整し、ノイズや季節変化、設備劣化に伴う変化に対応。独自データによる追加学習にも対応。 | 重み・コード公開 | Apache 2.0 |
モデル規模と実行環境の目安
Forecastingは約340M、異常検知モデルは約2Mと小さく、推論はGPU 1枚で扱える規模です。
公式モデルカードでは評価環境として複数のA100/H100が記載されていますが、これは最小構成ではありません。
大量の系列を並列処理する場合や追加学習では、データ量に応じて複数GPUを利用します。
NVIDIAは医療データの検証で血圧の急上昇を検出し、F1スコア0.96を得たことや、金融データの検証で週次の投資指標のリターンを予測したことを紹介しています。
他の時系列基盤モデルとの違い
NV-Tesseract Forecastingは、過去の類似パターンを利用する予測と、予測に影響した入力の可視化を特徴とします。また、比較対象のTimesFM 2.5とChronos-2が予測に特化する一方、NV-TesseractはForecastingとは異なるアーキテクチャを採用した異常検知専用モデルも同じモデル群として提供しています。
| モデル | 対応タスク | 主な特徴 |
|---|---|---|
| NV-Tesseract | 予測、異常検知 | Forecastingは、類似する過去の変化とその後の実績を検索し、モデル予測を補正するDARRと、予測先ごとに影響した過去の時点・入力系列を可視化する機能を提供。異常検知は、拡散モデルと、データの傾向変化に応じて判定基準を調整するSCS/MACSを採用 |
| TimesFM 2.5 | 予測 | 最大16,000ステップの入力、予測範囲の出力、外部要因を加味した予測に対応 |
| Chronos-2 | 予測 | 追加学習なしで単一・複数の数値系列や外部要因を扱い、複数の公開ベンチマークで高い予測性能を報告 |
| MOMENT | 予測、分類、異常検知、欠損補完、特徴量生成 | 複数の時系列タスクを一つの基盤モデルで扱う汎用モデル。NV-Tesseract Forecastingの基盤としても利用 |
そのため、NV-Tesseractは、予測の補正・説明と、データの傾向変化に追従する異常検知を、それぞれに特化したモデルで扱える点に特徴があります。
参考リンク
- NVIDIA の時系列基盤モデル NV-Tesseract が OSS 公開されたので DGX Spark で動かしてみた | DevelopersIO
- 時系列基盤モデルを DGX Spark で動かして比べてみた | DevelopersIO
NVIDIA Earth-2
NVIDIA Earth-2は、気象・気候分野向けのオープンモデルとGPUアクセラレーション対応ソフトウェアからなる開発プラットフォームです。
過去の観測データ、衛星・気象レーダーのデータ、ERA5などの再解析データ、数値気象・気候シミュレーションの結果から大気の変化を学習したAIモデルを利用し、以下に挙げるようなタスクを高速に実行します。
大まかには、各地の観測から現在の大気の状態を推定し、その先の変化を予測して、必要に応じて特定地域の情報を細かくする流れです。
| できること | 使用するデータ | 得られるもの | モデル例 |
|---|---|---|---|
| データ同化(現在の大気を推定する) | 衛星、地上観測、航空機などの観測値 | 観測のない場所も含めた、予報開始時点の気温・風・気圧など | HealDA |
| ナウキャスト(直近の雨や嵐を予測する) | 直近の衛星・気象レーダー画像 | 現在~6時間先の雲・雨・嵐の動き | StormScope |
| 全球予報(世界全体の天気を予測する) | 現在の世界全体の気温・風・気圧など | 数日~数週間先の世界各地の気象状態 | Atlas、FourCastNet 3 |
| 地域予報(特定地域の天気を細かく予測する) | 世界規模の気象データと対象地域のデータ | 数km間隔の詳しい気温・風・雨など | StormCast |
| ダウンスケーリング(粗い気象データを細かくする) | 数十~数百km間隔の気象予報・気候データ | 地域の細かな地形などを反映した、より細かい間隔のデータ | CorrDiff |
| 気候生成(仮想的な気候パターンを作る) | 季節、海面水温、台風の位置などの条件 | その条件で起こり得る世界の大気の状態 | cBottle |
地域予報は対象地域の将来の変化を予測するのに対し、ダウンスケーリングは、すでにある粗い予報・気候データに局地的な細部を補います。
主なモデルは以下の通りです。
| モデル | 公開年月 | 解像度・予測範囲 | 主な特徴 | ライセンス |
|---|---|---|---|---|
| FourCastNet 3 | 2025年7月 | 全球0.25度、6時間間隔 | 中期・季節内の確率的全球アンサンブル予報 | Apache 2.0 |
| cBottle | 2025年5月 | 全球、最終的にkmスケール | 条件付き気候状態の生成、台風・極端現象のシナリオ生成 | NVIDIA Software and Model Evaluation License |
| Atlas | 2026年1月 | 全球0.25度、最大15日先 | 確率的な中期全球アンサンブル予報 | NVIDIA Open Model License |
| StormScope | 2026年1月 | 6km・1時間、3km・10分 | 衛星・レーダー観測から0~6時間先の局地的な嵐を予測 | NVIDIA Open Model License |
| CorrDiff CMIP6–ERA5 | 2026年1月 | 約300km・日次から25km・1時間へ変換 | 気候予測の空間・時間ダウンスケーリングとバイアス補正 | NVIDIA Open Model License |
| HealDA | 2026年3月 | 全球1度 | 衛星・地上・航空機などの観測から現在の大気状態を推定 | NVIDIA Open Model License |
| StormCast | 2025年11月 | 米国本土3km、1時間間隔 | 全球データを条件にした局地的な対流・降水予報 | Apache 2.0 |
モデル規模と実行環境の目安
Earth-2の主なモデルカードでは、A100、H100、L40Sなど1枚のサーバー向けGPUでの推論が確認されています。
ただし、必要なメモリはモデル規模だけでなく、対象範囲、解像度、予測期間、同時に作る予報の数にも左右されます。
高解像度の予報や多数のアンサンブル予報を並列生成する場合は、複数GPUが必要になります。
Earth-2はオープンモデルを中核とするプラットフォームですが、個々のモデルのライセンスは統一されていません。
特にcBottleは重みを取得できますが、評価ライセンスであるため、他のEarth-2モデルと同じ意味でパーミッシブなオープンモデルとは扱わない方が安全です。
気象予報の一連の流れ
たとえば、気象予報の一連の流れは以下のようになります。
活用事例
Earth-2は、これからの天気を予測するだけでなく、条件を少しずつ変えながら「起こり得る天気」を大量に作ることもできます。
その結果を、降雨から川の水量を計算する仕組みや、天候から発電量を計算する仕組みなどに渡すことで、災害による被害の範囲や、必要な備えを検討できます。
JBA Risk Managementは、Earth-2でエルベ川流域に起こり得る多数の冬の天候を作り、それぞれの雨によって川の水量や浸水範囲がどう変わるかを計算しました。
これにより、実際には起きなかった、より深刻な洪水の可能性も調べています。
保険会社のAXAも、過去のハリケーンが別の進路を通った場合や、これまで観測されていないハリケーンが発生した場合を再現し、発生頻度や被害の大きさを調べています。
エネルギー分野では、日差しや風の予測から太陽光・風力発電の発電量を見積もり、発電不足に備えたり、電力を売買する時期を判断したりできます。同じ期間について、条件を少しずつ変えた複数の予報を作る方法を「アンサンブル予報」と呼びます。複数の結果を見ることで、予報が外れる可能性も含めて判断できます。
気象情報会社のMetDeskは、Earth-2によるアンサンブル予報を、電力取引を行う企業向けに提供しています。
2週間以上先の傾向が分かれば、農業では育てる作物や水やりの計画、行政では災害や猛暑への準備、漁業では海水温が異常に高い状態への対策などに利用できます。
Earth2Studio
モデルの実行や一連の予測処理の構築には、オープンソースのEarth2Studioを利用できます。
気象データの取得、モデルへの入力、予測の実行、結果の保存までを共通のPythonインターフェースで扱えます。
たとえば、現在の大気データを取得してFourCastNet 3で世界全体を予測する処理や、粗い気象データをCorrDiffで地域ごとの細かなデータへ変換する処理を組み立てられます。
NVIDIAのモデルだけでなく、GoogleのGraphCastなど外部のモデルや複数の気象データ提供元にも対応しています。主な用途は、学習済みモデルを実行して組み合わせることです。
PhysicsNeMo
モデルを新しく学習したり、学習済みモデルを独自データに合わせて調整したりする場合は、オープンソースのPhysicsNeMoを利用できます。大量の科学・工学データの読み込み、複数GPUを使った学習、気象モデルなどの学習手順が提供されています。
PhysicsNeMoは気象専用ではなく、流体、構造、電磁気など、物理現象を扱うAIモデル全般の開発基盤です。
Earth-2では、特定地域向けのCorrDiffを学習するなど、公開モデルを利用目的や手元のデータに合わせるために使われます。
参考リンク
- AI-Powered Climate and Weather Simulation Platform | NVIDIA Earth-2
- NVIDIA GTC Keynote 2026 〜次世代のインテリジェントシステムをどのように支えているのか〜 | DevelopersIO
NVIDIA Clara
NVIDIA Claraは単一モデルではなく、医療・生物学・化学・創薬・ゲノミクス向けのモデル、データ、開発フレームワーク、GPU高速化ソフトウェアをまとめたポートフォリオです。
DNA、RNA、タンパク質、細胞、化合物、CT・MRI・X線など、対象とするデータに応じて複数の基盤へ分かれています。
| 対象データ | できること | モデル・基盤の例 |
|---|---|---|
| DNA・ゲノム | DNAの長い並びを読み取り(配列理解)、変異の影響を予測したり、新しい配列を設計したりする(配列生成) | Evo 2 |
| RNA・mRNA | RNAの立体的な形を予測する(3D構造予測)、作るタンパク質を変えずにmRNAの並び方を調整し、タンパク質を作る効率やmRNAの安定性を高める(コドン最適化) | RNAPro、CodonFM |
| タンパク質 | 新しいタンパク質の形やアミノ酸配列を作る(構造生成、配列生成)。特定のタンパク質や化合物に結合するタンパク質を設計する(バインダー設計) | Proteina、La-Proteina、Proteina-Complexa |
| 細胞 | 細胞ごとに働いている遺伝子や細胞の状態を調べ、病気の仕組みや治療標的を探す(単一細胞トランスクリプトーム解析) | Geneformer |
| 化合物・創薬 | 目的の分子を作るために必要な材料と化学反応の手順を予測する(合成経路予測) | ReaSyn |
| 医療画像 | CT・MRIから臓器や病変の範囲を抽出する(セグメンテーション)、学習用の医療画像を作ったり(合成画像生成)、X線画像についての質問に答えたりする(画像推論) | NV-Segment、NV-Generate、NV-Reason |
| DNA・RNAの読み取り結果 | 読み取った短い断片を基準となる配列と照合し(アライメント)、基準配列と異なる箇所を見つける(変異検出) | Parabricks |
バイオインフォ・創薬
バイオインフォ・創薬に関するモデルは以下の通りです。
| モデル | 公開年月 | 対象データ | 主な特徴 | ライセンス |
|---|---|---|---|---|
| Evo 2 40B | 2025年2月 | DNA・ゲノム | 最大100万塩基のDNA配列の理解・生成、変異影響予測、ゲノム設計 | 公開チェックポイントは主にApache 2.0。NIMは別条件 |
| Proteina 400M | 2025年2月 | タンパク質 | タンパク質骨格の生成、モチーフ足場化 | NVIDIA OneWay Noncommercial License |
| La-Proteina | 2025年9月 | タンパク質 | 配列と全原子3D構造の同時生成、モチーフ足場化 | NVIDIA Open Model License |
| CodonFM 1B | 2025年10月 | mRNA | コドン最適化、翻訳効率・安定性の改善、変異影響解析 | NVIDIA Open Model License |
| Geneformer 316M | 2025年12月にNVIDIA最適化版公開 | 単一細胞 | 遺伝子ネットワーク、細胞状態、疾患・治療標的の解析 | Apache 2.0 |
| RNAPro 500M | 2026年1月 | RNA | RNA配列から3D構造を予測 | NVIDIA Open Model License |
| ReaSyn v2 166M | 2026年1月 | 化合物 | 目的分子の合成経路・反応ステップを予測 | NVIDIA Open Model License |
| Proteina-Complexa 160M | 2026年3月 | タンパク質・化合物 | タンパク質や低分子に結合するタンパク質の設計、酵素の働きを担う部分を組み込んだタンパク質の設計 | NVIDIA Open Model License |
モデル規模と実行環境の目安
Evo 2を除く掲載モデルは160M~1B級が中心で、モデル単体の推論は24~48GBのGPU 1枚で扱える規模です。
Evo 2 40BのBF16版は重みだけで約80GBとなるため、H200など80GBを超える大容量GPU、または複数GPUが目安です。
最大長の配列や大量の候補を並列生成する場合は、さらにメモリが必要になります。
これらは単一の処理を順番に実行するモデル群ではなく、DNA、RNA、タンパク質、細胞、化合物など、研究対象と目的に応じて選ぶモデルです。
必要に応じて複数のモデルを組み合わせますが、すべてを使用する必要はありません。
医療画像モデル
医療画像モデルは、主にオープンソースの医療AIフレームワークであるMONAIを基盤として開発されています。
主なモデルは以下の通りです。
| モデル | 公開年月 | 入力 | 主な特徴 | ライセンス |
|---|---|---|---|---|
| NV-Reason-CXR-3B | 2025年10月 | 胸部X線+質問 | 胸部X線の所見・説明・理由付き回答を生成する研究用の画像・言語モデル(VLM) | NVIDIA OneWay Noncommercial License+Qwen条件 |
| NV-Segment-CT | 2025年公開版 | 3D CT | 臓器・病変の自動/対話的セグメンテーション | NVIDIA Open Model License |
| NV-Segment-CTMR | 2025年10月 | CT・MRI | 全身臓器、腫瘍、脳構造などの自動セグメンテーション | NVIDIA OneWay Noncommercial License |
| NV-Generate-CT | 2025年 | 解剖学的条件 | 不足しやすい学習用3D CTと、臓器・病変の範囲を示す画像(セグメンテーションマスク)を合成 | NVIDIA Open Model License |
| NV-Generate-MR | 2025年10月 | 解剖学的条件 | 不足しやすい学習用3D MRIと、臓器などの位置情報(アノテーション)を合成 | NVIDIA OneWay Noncommercial License |
モデル規模と実行環境の目安
NV-Reason-CXR-3Bは24~48GBのGPU 1枚で扱える規模です。
NV-SegmentとNV-Generateは3DのCT・MRIを扱うため、パラメータ数よりも画像の大きさ、切り出す範囲、同時処理数の影響が大きく、48~80GB級のサーバー向けGPUが目安になります。
画像全体を高解像度のまま処理する場合や追加学習では、複数GPUを利用する場合があります。
これらは目的別に用意された独立したモデルです。
NV-Reason、NV-Segment、NV-Generateをそれぞれ、画像について回答する、領域を抽出する、学習用画像を作るといった目的に応じて選択します。
Claraを構成する主な開発基盤
Claraを構成する主な開発基盤は以下です。
| 基盤 | 対象 | 主な役割 | 公開・提供形態 |
|---|---|---|---|
| BioNeMo | 生物学・化学・創薬 | データ処理、事前学習、ファインチューニング、分子・タンパク質設計、評価、デプロイ | オープンソースのツール・レシピ+商用NIM |
| MONAI | 医療画像 | CT・MRI・病理画像の学習、セグメンテーション、生成、ラベリング | Apache 2.0のオープンソース+Enterprise版 |
| Parabricks | ゲノミクス | DNA・RNAシーケンシングのアライメント、変異検出、品質管理 | 無償コンテナ。企業サポートはNVIDIA AI Enterprise |
| NVIDIA FLARE | 分散医療AI | 医療機関間で生データを共有しない連合学習 | Apache 2.0 |
| BioNeMo NIM | 創薬モデルの推論 | モデルをAPI化し、オンプレミス/クラウドへ配備 | NVIDIA AI Enterpriseなどの商用条件 |
以下はClaraの主な開発基盤、そこから得られる結果や用途の対応関係を示す図です。
BioNeMoは、モデルだけでなく、データ、GPU最適化ライブラリ、学習レシピ、ファインチューニング、NIMによる本番デプロイを含む開発プラットフォームです。
Claraはオープンモデルを中核とするポートフォリオですが、すべてが同じ条件のオープンウェイトではありません。例えば以下のような点に注意が必要です。
- Proteina、NV-Reason-CXR、NV-Generate-MRなどは非商用・研究用途限定
- BioNeMo NIMやMONAI Enterpriseは商用契約が別途必要
- 医療画像モデルの多くは研究用であり、臨床診断用として認可された医療機器ではない
活用事例
BioNeMoについては、以下の事例が紹介されています。
Eli Lilly社はNVIDIAとの共同研究拠点で、BioNeMoを基盤に生物学・化学向けの基盤モデルを開発しています。
AIを使った計算環境と実験環境を接続し、実験結果を次のデータ生成やモデル改善に戻す仕組みも開発しています。
Basecamp Research社はBioNeMoを使い、創薬向けのEDENモデル群の学習を大規模化しています。長いDNA配列を狙った位置に挿入するためのモデルも開発しています。
医療画像分野では、2023年のNVIDIA発表で、Cincinnati Children’s Hospital、NHS England、Qure.ai、SimBioSys、カリフォルニア大学サンフランシスコ校などが、MONAI Application Packageを使って学習済みモデルを臨床現場のシステムへ組み込む取り組みが紹介されています。
ゲノム解析では、2021年に東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターがスーパーコンピューター「SHIROKANE」にClara Parabricksを導入し、従来のCPU環境と比較してゲノム解析を最大40倍に高速化したと報告しています。
NVIDIA Ising
NVIDIA Isingは、量子コンピューターの調整と量子誤り訂正をAIで支援する、オープンモデル、学習フレームワーク、データセット、実装例のポートフォリオです。
2026年4月に発表されました。
現状は主に以下の2分野を対象としています。
| 分野 | 入力 | 出力 | 目的 |
|---|---|---|---|
| 量子キャリブレーション(Quantum Calibration) | 量子プロセッサー(QPU)の実験結果を示すグラフ+質問・実験情報 | 実験結果の解釈、パラメーター抽出、成功・失敗判定、次の調整案 | 量子プロセッサーの立ち上げ・再調整を自動化 |
| 量子誤り訂正デコーディング(Quantum Error Correction Decoding) | 量子ビットの誤りの兆候を時系列で表した測定データ(シンドローム) | 局所的な誤りの訂正候補と、後段で処理する残りのデータ | 後段の誤り訂正処理の負荷と、訂正後にも誤りが残る確率を低減 |
Isingは量子回路を生成・実行する汎用モデルではありません。
量子ハードウェアを安定して動作させるための調整と、計算中に生じる誤りをリアルタイムに見つけて訂正する処理の前段に重点を置いています。
主なモデルは以下の通りです。
| モデル | 公開年月 | 主な特徴 | ライセンス |
|---|---|---|---|
| Ising Calibration 1.5 31B(NVFP4版) | 2026年7月 | 量子キャリブレーション実験のグラフを解析し、実験の説明、結論、パラメーター抽出、成功・失敗判定などを出力。BF16版とNVFP4版を提供 | OpenMDW 1.1 |
| Ising Decoder SurfaceCode 1 Fast | 2026年4月 | Surface Codeの低遅延プリデコード。速度重視 | NVIDIA Open Model License |
| Ising Decoder SurfaceCode 1 Accurate | 2026年4月 | Surface Codeのプリデコード。精度重視 | NVIDIA Open Model License |
| Ising Decoder ColorCode 1 Fast | 2026年7月 | Color Codeの低遅延プリデコード。速度重視 | OpenMDW 1.1 |
モデル規模と実行環境の目安
Ising Calibration 1.5 31BのBF16版は重みだけで約62GBとなるため、H100 80GB以上のGPU 1枚が容量面での目安です。
NVFP4版は必要なメモリを大幅に抑えられますが、NVFP4に対応するGPUと実行環境が必要です。
Ising Decoderは低遅延処理向けの小型モデルであり、Calibrationモデルのような大容量GPUは必要としません。
量子キャリブレーション(Quantum Calibration)
量子キャリブレーションとは、量子ビットを意図したとおりに動作させるために、制御パルス、周波数、読み出し条件などを調整する工程です。
以下の図は、実験結果をIsing Calibrationで解析し、その結果を次の実験や調整につなげる流れを示しています。
画像・言語モデル(VLM)単体では実験結果を示すグラフを解析します。
さらにQuantum Calibration Agentと組み合わせることで、解析結果に応じて次の実験や制御パラメーターの変更を提案・実行するエージェント型ワークフローを構成できます。
NVIDIAはCalibration Agentの実装例とNIMによる配備方法も提供しています。
量子誤り訂正デコーディング(Quantum Error Correction Decoding)
量子誤り訂正デコーディングとは、量子ビットの測定結果から発生した誤りを推定し、訂正する工程です。
現在の量子ビットはノイズの影響を受けやすいため、複数の物理量子ビットを組み合わせて、計算に使う論理量子ビットを構成します。測定によって得られる、誤りが起きた可能性を示すパターンをシンドロームと呼びます。
Ising Decoderは、最終的な訂正を単独で決めるデコーダーというより、標準的なデコーダーの前段で大部分の局所的な誤りを処理するプリデコーダーです。
以下の図は、Ising Decoderが局所的な誤り候補を先に処理し、残りを標準的なデコーダーへ渡す流れを示しています。
Surface CodeとColor Codeは、複数の物理量子ビットを組み合わせて情報を誤りから守るための異なる方式です。使用する方式に対応したデコーダーを選びます。
Surface Code向けには速度重視のFastと精度重視のAccurateがあり、Color Code向けにはFastが提供されています。NVIDIAの評価では、特定の条件において、Ising Decoderを前段に加えることで標準デコーダー単体より処理を高速化し、訂正後に誤りが残る確率を低減しています。
Isingの主な構成要素
| 構成要素 | 種類 | 主な役割 | 公開形態 |
|---|---|---|---|
| Ising Calibration Models | 画像・言語モデル(VLM) | 量子キャリブレーション実験のグラフを解析 | Hugging Faceで重み公開 |
| Quantum Calibration Agent | エージェント実装例 | VLMの解析結果を使って実験・再調整を進める | Apache 2.0でGitHub公開 |
| Ising Decoding | 学習・推論フレームワーク | QPU固有のノイズモデルに合わせたプリデコーダーの学習、評価、量子化 | Apache 2.0 |
| QCalEval | ベンチマークデータセット | キャリブレーション実験を理解するVLMの評価 | CC BY 4.0 |
| CUDA-Q QEC | 量子誤り訂正ライブラリ | Ising Decoderや他のデコーダーをオフライン・リアルタイム処理へ統合 | オープンソース |
| NVQLink/cudaq-realtime | QPU–GPU接続・ランタイム | QPUの測定結果をGPUへ送り、低遅延で訂正結果を返す | NVIDIAプラットフォーム |
| Ising Calibration 1.5 NIM | 推論マイクロサービス | Calibration 1.5をAPIとして配備 | NIMの契約条件が別途適用 |
Ising Decodingには、学習用のシンドロームデータ生成、モデルの学習・評価、低精度化、推論用形式への変換などの手順が含まれています。QPUごとに異なるノイズ特性へ合わせて、独自のプリデコーダーを学習できます。
QCalEvalは、量子キャリブレーションの実験グラフをVLMが正しく説明・評価できるかを測るベンチマークです。グラフの説明、結果の解釈、パラメーター抽出、実験の成功判定などを評価します。合成データに加えて、研究機関や量子ハードウェア企業が提供した実測データも含まれています。
活用状況
公式発表では、Ising CalibrationをAtom Computing社、Fermi National Accelerator Laboratory、Harvard大学、IonQ社、IQM Quantum Computers社などが利用しています。
Ising DecodingはCornell大学、Sandia National Laboratories、SEEQC社、University of California San Diegoなどで導入・検証されています。
関連するNVIDIA Blueprints
ここまで紹介してきたモデルや開発基盤は、AIアプリケーションを構成する部品です。実際のアプリケーションでは、複数のモデルにデータ処理、検索、外部ツールとの連携、画面、配備設定などを組み合わせる必要があります。
NVIDIA Blueprintsは、こうした一連の処理をユースケース別に構成した、カスタマイズ可能な参照ワークフローです。単体のモデルや製品ではなく、NVIDIAやパートナーのモデル、NIM、ライブラリ、SDKなどをどのようにつなげればよいかを、参照アーキテクチャやコードとして示します。Blueprintによって異なりますが、カスタマイズ方法を説明するドキュメントや、Docker Compose、Helmチャートなどの配備用ファイルも提供されます。
以下は、現行カタログに掲載されているものや2026年に発表・更新されたものを中心に、この記事で紹介したモデルと関連の深い例を抜粋したものです。
Protein Binder DesignはClara・BioNeMoと同じ創薬領域のワークフローで、Quantum Calibration AgentはIsing Calibrationを利用する実装例です。
| Blueprint | 実現する処理 | 関連する主な技術 |
|---|---|---|
| Protein Binder Design | 標的タンパク質の構造から、結合する可能性のあるタンパク質を設計・評価 | OpenFold3、RFdiffusion、ProteinMPNNのNIM |
| Earth-2 Weather Analytics | 気象データを取得してAIモデルによる予測を実行し、結果を地図上に可視化 | Earth2Studio、Data Federation Mesh、Omniverse |
| Quantum Calibration Agent | 量子キャリブレーション実験の結果を解析し、次の実験や制御パラメーターの変更につなげる | Ising Calibration、NIM |
Blueprintは完成済みアプリケーションをそのまま導入するための製品というより、自社のデータや要件に合わせて開発するための出発点です。構成要素は変更・置換できます。また、Blueprintのコード、モデル、NIMなどには、それぞれ個別のライセンスや利用条件が適用されます。
まとめ
後編では、NVIDIAの科学・産業AI向けモデルと関連するBlueprintを紹介しました。
NVIDIAはモデルだけでなく、Earth2Studio、PhysicsNeMo、BioNeMo、MONAI、Parabricks、CUDA-Qなど、用途別の開発基盤も提供しています。
また、複数のモデル、NIM、ライブラリなどをユースケース別に組み合わせた参照ワークフローとして、NVIDIA Blueprintsを利用できます。
NVIDIA NIMを利用すると、対応するモデルを最適化済みの推論マイクロサービスとして配備できます。NIMの提供条件と、内部で利用するモデルやデータのライセンスはそれぞれ異なるため、利用する技術ごとに確認が必要です。
今後の記事では、各分野のモデルや開発基盤も深掘りしていこうと思います。本記事が皆様のお役に立てば幸いです。








