
昨今のリアルタイム音声処理について考える: エッジAIとハプティクス
はじめに
これまで SFX (効果音) やミュージックによる体験向上のためのリアルタイム音声処理について、記事を何本か執筆してきました。
一方で、スマホの普及により音量オフを前提にコンテンツを消費する場面が増え、SFX やミュージックだけで体験を成立させることが難しくなってきています。本記事では、ハプティクス (振動) の進化とエッジ AI による音声メタデータ付与を手がかりに、リアルタイム音声処理のユースケースがどう変化しているかを観察します。
背景
スマホが普及し、通勤中や待ち時間など、周囲に配慮して音を出しにくい場面でもアプリやゲームを使う機会が増えました。その結果、音量オフのまま動画やアプリを利用する行動が一般化してきています。たとえば Verizon Media の調査として、公的な場では音声なしで動画を視聴する割合が高いことが報告されています。
アプリやゲーム開発では、この前提が体験設計に強く影響します。SFX やミュージックを入れても、それが届かないユーザーが一定数います。そのため、音を中心に体験を組むほど、狙った体験を成立させるのが難しくなります。
こういった状況の中で、音以外のフィードバック経路 が改めて重要になっています。たとえば ハプティクス (振動) の表現力向上 により、触覚による体験設計の幅が広がりました。また エッジ AI の進歩 により、字幕、翻訳、要約、感情分析といった音声メタデータを端末側で生成し、その場で提示する構成も取りやすくなっています。どちらも、遅延を抑えた信号処理という意味では、リアルタイム音声処理の延長線上にあるといえます。
ハプティクスにおける表現力向上
ハプティクス (Haptics) は触覚提示を意味し、この記事では主に振動のことを指します。従来は、端末側の表現力が限られており、設計したい体験をそのまま実装しにくい場面がありました。近年は技術が追い付き、ハプティクスでも強度や波形を作り込めるようになったため、意図した手応えを体験に組み込みやすくなってきています。
たとえば iOS では「Core Haptics」が用意されており、アプリにカスタムのハプティクスや音のフィードバックを組み込めます。
Android でも「VibrationEffect」で波形や強度を指定できます。
Nintendo Switch のゲームコントローラーである Joy-Con では、「HD 振動」として細かな触感を表現できることが紹介されています。リニア振動モーターが入っており、微妙な振動の違いを表現することが可能です。
単なる振動強度のコントロールばかりでなく、人の知覚特性を使って体験を作る研究も進んでいます。NTT の「Buru-Navi」では、非対称な振動によって引っ張られる/押される感覚を生むことができます。
ハプティクスは音声処理とは別の技術に見えますが、どちらも本質的には時間変化する信号を扱います。効果音や音声が波形であるのと同様に、振動もまた波形として設計でき、強さや時間変化を作り込めます。こうした触覚の波形設計や、遅延と同期、端末差の吸収まで含めて扱う取り組みは、ハプティクスエンジニアリングと呼ばれています。リアルタイム音声処理で重視してきた部分は、ハプティクスエンジニアリングでもそのまま重要になります。
ADB コマンドで連続値の振動を試してみた
Android 端末にて、 0/1 ではない連続値の振動制御を体感してみました。
検証環境
- Windows 11
- ADB version 1.0.41
- Pixel 8 Pro
検証のため、最初に以下 2 点の準備をしました。
- スマホ側で USB デバッグを有効化
- スマホ設定でバイブレーションを有効化
waveform -a は <長さ(ms)> <振幅> のペアを並べて振動を作ります。振幅は 1 - 255 のスケールです。次の例では 1 秒ごとに振幅を 30 → 80 → 140 → 200 → 255 と段階的に上げます。
adb shell cmd vibrator_manager synced -f waveform -a \
1000 30 \
1000 80 \
1000 140 \
1000 200 \
1000 255
体感としては、各区間の境目で手応えが切り替わり、段差がはっきり分かります。SFX のクリック感に近い変化を作りたい場合は、こうした段階の切り替えが扱いやすいと感じました。
-c を付けると、値の間を連続的に変化させられます。次の例では 1 秒ごとに、振幅を 30 → 80 → 140 → 200 → 255 へ滑らかに上げます。
adb shell cmd vibrator_manager synced -f waveform -a -c \
1000 30 \
1000 80 \
1000 140 \
1000 200 \
1000 255
ステップと比べると、手応えの変化が滑らかになり、境目の段差が目立ちにくくなります。音声処理で言うところのフェードに近い感覚で、振動の印象をコントロールできました。
エッジ AI によるメタデータ付与
エッジ AI とは、端末内推論を指します。高度な機械学習処理を端末側が担うことで、外部の計算資源 (クラウドやオンプレミス環境など) との通信に起因する遅延を抑えられます。また、処理が端末内で完結する構成であれば、オフライン環境でも使用できます。
身近な例として、iPhone の音声入力は多くの言語で端末上で処理され、インターネット接続が不要だと Apple が案内しています。
このように、音声を端末側で扱える範囲が広がると、音声に対するメタデータ付与も端末側で構成しやすくなります。ここでいうメタデータ付与とは、音声に対して追加の情報を与えることです。たとえば次のような情報が挙げられます。
- 字幕: 音声をテキスト化
- 翻訳: 別言語へ変換
- 要約: 長い内容を短くする
- 感情分析: 感情的な傾向を推定
これらは、「音の代わりに読める情報としてユーザーに届ける」など、音量オフの状況でも体験を成立させるための手段として使えます。
SaaS における感情分析
感情分析が SaaS の機能として組み込まれる例も増えています。ただし現状は、文字ベースでの処理に留まる例が多いです。
Zendesk の「インテリジェントトリアージ」は、チケットの最初のコメントを元に意図や感情を推定します。
Twilio の「Conversational Intelligence」も、通話の文字起こしに対して感情や概要を付与します。
将来的には、音声そのものの特徴 (たとえば抑揚やトーン) も使う感情分析がより一般的になる可能性があります。特に CX 改善のようなユースケースでは、お客様の声の抑揚やトーン次第で緊急度を判断しなければいけない場面も多く、この方向の進展は価値が大きいと考えています。
まとめ
アプリやゲーム開発において、音量オフでの利用が増えたことで、SFX やミュージックを中心にした体験設計が成立しにくくなってきています。一方で、ハプティクスの表現力向上とエッジ AI の進歩により、触覚フィードバックや音声メタデータ付与といった新たな体験を組み込む選択肢が増えています。リアルタイム音声処理は音を加工する技術に留まらず、体験向上ための技術基盤として捉え直せる段階に入ってきたと感じます。







