
”自分”が流通する世界──AI分身の権利と、情報セキュリティの切り分け
ベテランの判断をAIに継いだとする。その人が退職したら、残された分身は誰のものになるのか。
商談でよく出る問いだ。そして、この問いの答え方には二つの道がある。企業に帰属させる設計と、本人に帰属させる設計である。どちらも成立しうるが、私たちは後者を選んだ。ghoost(ゴースト)において、分身は本人のものだ。企業が持つのは利用の許諾であって、分身そのものではない。
一見、企業側に不利に見えるかもしれない。だが実際には逆で、権利を本人に置くことが、品質を担保する条件になる。そしてその選択は、「本人の判断が、本人のものとして流通する」という、もう少し先の世界にもつながっている。
本記事では、権利の考え方、会社の情報セキュリティとの切り分け、そしてその先の構想までを整理する。なお本記事は一般的な整理であり、法的助言ではない。個別の事案は専門家に相談してほしい。
なぜ「本人のもの」なのか
ここで関わるのがパブリシティ権である。
パブリシティ権とは、氏名や肖像が持つ「顧客を引きつける力(顧客吸引力)」を排他的に利用できる権利を指す。最高裁がこれを正面から認めたのが、いわゆるピンク・レディー事件(最判平成24年2月2日)だ。
この判決で重要なのは、パブリシティ権が「人格権に由来する権利」と位置づけられた点である。人格権に由来する以上、その主体は自然人、つまり生きた個人に限られる。会社が最初から持つ性質のものではない。
ひとつ整理しておくと、パブリシティ権と著作権は別の権利である。著作物の保護と、その人らしさが持つ吸引力の保護は、根拠も性質も異なる。「AI分身の権利」と一括りにされがちだが、実際には複数の権利が束になっている。
なお、この判決がAI分身の帰属を直接定めているわけではない。判決が示したのは権利の性質であり、そこから先は各社がどう設計するかという話だ。私たちはその性質を踏まえて、本人に置くことを選んだ。
権利は「束」なので、分けて考える
実務では、ひとまとめにせず分解したほうが扱いやすい。
- 人格・パブリシティ権:本人に帰属する。譲渡の対象としない。
- 学習のもとになったデータ:許諾の取得で処理する(同意書を用意している)。
- AIが実際に出した成果物:原則として、利用する企業に帰属する。
こう分けておくと、「本人のものなら会社は何も使えないのか」という誤解が解ける。会社が必要としているのは成果物と、業務で使える状態であって、本人の人格そのものではない。逆に本人が守りたいのは、自分の名前と思考が勝手に使われないことだ。両者は衝突しない。
本人側の権利も明示している。同意は任意で、断っても不利益はない。いつでも撤回できる。自分のデータを見て、直して、消すよう求められる。

会社の機密と、本人の判断を切り分ける
権利を分けるだけでは足りない。実際の運用で、会社の情報と本人の判断が物理的に分かれていることが必要になる。ここは設計の要になる部分なので、具体的に書く。
まず、データが混ざらないようにする。 テナントは1社ごとに隔離し、顧客専用の領域に保存する。他社のデータと混在することはない。加えて、利用するLLM側はオプトアウトを設定しており、入力した内容が外部モデルの学習素材に使われることはない。
次に、誰が何にアクセスできるかを制御する。 アクセス制御を設けたうえで、すべての活動を監査ログとして残す。誰が、いつ、どのghoostに対して何をしたか。ログは追跡可能な形で保管される。
そのうえで、退職時に切り離す。 ここが本題だ。退職の際は、機密情報の記憶レイヤーを解除する(持ち出しの防止)。そして所属を無効化した時点で、企業情報へはアクセスできなくなる。本人が希望すれば、データの変換も可能だ。
削除についても手当てがある。管理者はいつでも削除を実行できる。ただし削除にあたっては本人の同意取得をお願いしている。 契約が終了した場合は、原則30日以内に完全削除する。
整理すると、退職時に起きるのは「会社の機密は残さない。本人の思考のかたちは本人のものとして扱う」という分離である。会社は機密の流出を心配しなくてよく、本人は自分の判断が勝手に使われる心配をしなくてよい。この二つを同時に満たさないと、そもそも誰も安心して協力してくれない。
本人主義は、倫理の話であり、同時に品質の話
ここが設計の核心だ。
分身を会社が囲い込む設計にすると、本人が本気で育てなくなる。自分のものではないからだ。手を抜かれた分身は、当然ながら本人には似ない。似ていない分身は使われない。使われないものは、いずれ形骸化する。
逆に、本人のものであれば話が変わる。自分の資産だから、精度が上がるように答える。違っていれば直す。本人が育てるから、品質が上がる。
つまり「権利を本人に置く」のは、道義的に正しいからだけではない。倫理と品質と経済が、同じ方向を向くからそうしている。継承の仕組みは、本人が協力してくれなければ何も始まらない。協力を引き出す条件を、設計に埋め込むということだ。
自分が流通する世界
ここから先は、少し未来の話になる。ただし空想ではなく、特許として具体化している構想だ。
権利が本人にあるなら、論理的にこういう世界が視野に入る。必要としている組織が、必要な判断を持つ人のAI分身を、雇うように借りる。 そしてその利用料の一部が、分身の所有者である本人に還る。
私たちが取得した特許では、AIエージェントを取引可能なデジタル資産としてマーケットプレイスに登録し、提供する仕組みが権利化されている。利用実績に応じて利用料を算定し、手数料を差し引いた収益を、そのAIエージェントの所有者に分配する構成も含まれている。求める条件からエージェントを探すマッチングや、複数のエージェント(あるいはエージェントと人間)で仮想チームを編成する構成もだ。
考えてみれば、これは特別な発想ではない。文章を書く人は著作権を持って移動するし、発明した人は特許を持って移動する。判断だけが移動できない理由は、実はない。 これまでは、判断を持ち運べる形にする手段がなかっただけだ。
そしてこの世界には、二つの前提がどうしても必要になる。
ひとつは、前職の機密を切り離せること。特許には、デジタル資産として登録する際に、氏名・会社名・特定のプロジェクト名といった個人や組織を識別できる情報を検出し、マスキングまたは抽象化する仕組みが含まれている。たとえば「あるIT企業の新規事業開発担当者」のように抽象化する。思考のかたちという本質的な価値は保ったまま、機密と個人情報を落とすという考え方だ。
もうひとつは、それが本当に本人らしいままかを保証できること。本人の中核的な価値観や行動パターンから基準となるベクトルを作っておき、エージェントの出力がそこからどれだけ離れたかを測る。一定の閾値を超えたら警告を出す。本人から逸脱していないかを、機械的に見張る仕組みである。
これらは飾りではない。匿名化と逸脱の検知がなければ、判断は安心して流通できない。 「自分が流通する世界」は、権利設計だけでは成立せず、機密を切る技術と、本人性を担保する技術がそろって初めて現実になる。
もちろん、すべてに本人の同意が前提であることは変わらない。同意は任意であり、いつでも撤回できる。本人が望まない使われ方は、そもそも成立させない。
念のため書いておくと、これは現在提供している機能ではない。いま提供しているのは、組織の中で判断を継承し、活用するところまでだ。ただ、目指している方向としてこういう設計を持っている、ということはお伝えしておきたい。
よくある疑問(FAQ)
Q. 本人が辞めたあと、会社はその分身を使い続けられる?
A. 企業情報へのアクセスは所属の無効化で遮断される。分身そのものの扱いは、本人との合意によって決まる。会社が一方的に使い続ける前提には立っていない。
Q. 本人が「消してほしい」と言ったら?
A. 撤回はいつでもできる設計にしている。削除にあたっては本人の同意取得をお願いしており、契約終了時は原則30日以内に完全削除する。
Q. 会社の機密が、分身と一緒に外へ出てしまわない?
A. 退職時に機密情報の記憶レイヤーを解除し、所属の無効化によって企業情報へアクセスできない状態にする。テナントは1社ごとに隔離されており、他社とデータが混ざることもない。
Q. ghoostとは?
A. ベテランや"あの人"の、言語化されていない判断を、本人と一緒に引き出して組織に残す、本人の判断を再現するAIエージェントサービス。
まとめ
- AI分身の権利は束になっている。人格・パブリシティ権は本人、学習データは許諾、成果物は利用企業、と分けると整理がつく。
- パブリシティ権は人格権に由来し、主体は自然人に限られる(ピンク・レディー事件)。だから本人に置くという設計になる。
- 会社の機密と本人の判断は、テナント隔離・アクセス制御・監査ログ・退職時の記憶レイヤー解除と所属無効化で切り分ける。
- 本人主義は倫理の話に見えて、品質の話でもある。囲い込むと本人が育てず、形骸化する。
- その先には「自分が流通する世界」がある。匿名化と逸脱検知、そして本人同意が、その前提になる。
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参考
- 最高裁判所 平成24年2月2日 第一小法廷判決(ピンク・レディー事件)
- 特許第7857639号(AIエージェント提供システム、AIエージェント提供方法、およびAIエージェント提供プログラム)











