クラスメソッドに10年勤務してるワイが、社長のTweetを見ながら色々と振り返ってみる

クラスメソッドに10年勤務してるワイが、社長のTweetを見ながら色々と振り返ってみる
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はじめに

こんにちは!おおはしりきたけです。7月7日は、クラスメソッドの創立記念日でした。2009年1月からお世話になっているクラスメソッドですが、10年経過したので、先日の横田のツイートを見て当時の事を社員として振り返って見ようと思います。

先日の横田のツイートは、以下にまとまっています。こちらをベースに色々と振り返ってみたいと思います。

クラスメソッドの創立記念に、ワイが10年シリーズを書くのを、楽しみにしており、ついにブログを書ける10年間もいたかと感慨深くもあります。

ワイが10年シリーズ

私の紹介

簡単に、どんな経緯でクラスメソッドに入ったのかを説明させていただきます。2009年頃、当時30歳の私は、フリーランスとして活動していました。当時のクラスメソッドは、Adobe Flexで有名な会社で、私もFlexの事を調べると@ITに載っている社員の方の記事を見ており、すごく気になっている会社でした。たまたま、仕事を探しているタイミングだったときに、前職の上司に「クラスメソッドさんで人を探しているらしいよ」という話があり、お話を伺いお世話になることに決めました。縁とタイミングをすごく感じました。

クラスメソッドにお世話になったのは、ちょうど、5期目の半分くらい終わったところです。1〜4期の立ち上がりも非常に面白そうでしたが、私はAdobe Flex時代全盛期の5期目からなので、ここらへんから振り返ってみたいと思います。私自身はAWS事業をやっているわけではなく、その周辺のアプリケーション開発をずっとやってきているので、そっちの軸で見てもらうのも面白いと思います。

Adobe Flexでイケイケだったぞ!(5期〜6期)

私が入ったときは、Adobe Flex全盛期でした。社内の9割以上のプロジェクトがAdobe Flexを使ったFlash系の仕事で、当時は私も非常にこの技術に興味があり、楽しみにクラメソに行ったことを覚えています。

ザ・エンジニア集団

入ったときの第一印象は、ザ・エンジニア集団という感じでした。クラメソに来るまでは、どちらかというとお固めのところで仕事していたので、クラスメソッドの印象としては、「若い!」「椅子に金かけてる」「デスノートのLみたいな独特な座り方している人いる!」この3つでした。

今も、クラスメソッドのみんな技術が大好きですが、当時は、また違う雰囲気の技術好きが集まっていました。

はじめてのお仕事と挫折

クラスメソッドでのはじめての仕事は、Adobe FlexとJavaの新規開発の仕事でした。当時は、さーこれから技術バリバリやるぞと技術に過剰な自信を持っていました。

ところが、翌月の2009年2月に今でもお世話になっているパートナーのTさんが入って来ました。彼の技術力というかプロジェクトにおける最適解をバンバン出して進めていくやり方を見て、「あー凄い人がいるもんだな〜」と感動したのと同時に、エンジニアってこういう人のことを言うんだろうなとすぐに天狗の鼻が折れました。

当時フリーランスで、とにかく結果を出すために、エンジニアとリーティングという2足のわらじではなく、プロジェクトリーダーに専念することにしました。結果的にこの判断が、今も間違ってはいなかったと思っています。このプロジェクトが5期〜6期の売上を支えていた一つの大きな柱になりました。Tさんには、10年経った今でもお世話になっております。

社員になった

5期が終わり、6期が始まるころ、フリーランスのパートナーだった私は、もう少し会社のことにも踏み込んで行きたいと思い、当時パートナー担当をしてくれていた、嵩原さんに相談したところ、「社員になれば?」という感じの話をしてもらった(多分こんなニュアンスだったと思います)ので、社員になることを決意しました。

社員になってみると、全体的な動きもわかるようになりました。クラスメソッドが新規事業をやっていること、そのためにビジネス系の方々が入社していること、スポット案件だけなので、来月以降どのような仕事をとっていくのかを毎月考えていたこと。自分のプロジェクトだけ頑張っていればいいやと思っていた、フリーランスの頃とは違い、社員になったことで気持ちが変わりました。

停滞期に入ったぞ!( 7期〜9期)

キレイなオフィスに引っ越したけど

クラスメソッドに10年勤務してるワイが魅力と思い出を語ってく【採用/求人】にも書かれていますが、飯田橋のキレイなオフィスに引っ越しました。でも、会社自体は業績が上がっているわけでもなく、新規事業もうまく行かず、社員もバラバラと辞めていきました。キレイなオフィスがスカスカになっていくのを目の当たりにしていました。

この時期も、Adobe Flexの仕事がメインではありましたが、徐々にWeb系の案件やAndroid系の仕事もチラホラくるようになり、徐々にAdobe Flex以外に仕事にシフトしていくことになります。

新しい技術にチャレンジ!

WebやAndroidの技術を元々持っていたメンバーがいるわけではなかったですが、背に腹は変えられません。色々な技術の仕事をやり始めました。AWSを使った仕事をしたのも飯田橋の時代でした。AppleがiOS(当時はiPhone OS)にFlashをサポートしないという発表があり、モバイル化が進む中、過去の技術だけに固執していては、技術がコアにあるクラスメソッドは潰れてしまいます。なんでもやるしかない状況でした。

ただ、残っている社員は、悲壮感は特に無く新しい技術を楽しくできる場だったと思います。HTML5、iOS、Android、AWSと色々な技術をやり始めました。この時期に、私は当時の開発部で2つに別れたグループのモバイルイニシアチブグループのマネージャーとしてモバイル技術に特化することになりました。

社長の言葉が変わった!

クラスメソッドでは、四半期毎に全社員に向けて会社の情報を共有する四半期報告会というのがあります。今でこそ各部署が半日以上かけて全社の取り組みの発表をしていますが、当時は、規模も小さかったので横田さんだけの発表でした。いつだったか、細かい時期は忘れましたが、飯田橋の最後方の四半期報告会で社長の言葉が変わったのを覚えています。ニュアンスで伝わりにくいかもしれませんが、今までは会社の細かい情報や社員にいい事を言うのを意識してどこかブレーキをかけながらの発表だったのですが、その時は、「新しいことやってアクセル全開で突っ走るんでヨロシク!!」という感じの話をしており、あの時、横田さんのモードが完全に変わったよね。と、当時いたメンバーは今でも話すことがあります。

秋葉原にお引越し

モードを変えて、新しい技術をやっていても、実績があるわけでもないですし、そりゃー売上も中々上がりません。引っ越しというと栄転をイメージしますが、秋葉原への引っ越しは、利益を圧迫する固定費を減らそうという一環でした。会社全体としては、毎月のように人が辞めていきますし、次は誰が辞めていくんだろう?という疑心暗鬼の状態だったと思います。

が、横田さんは新しいことガンガンやっている状態で、なんか楽しそうでした。

辞めなかった理由

飯田橋で吹っ切れたときから、残ったメンバーが着実に新しい技術を身に着けていっており、新しく入ってくる社員の方もすごい方ばかり入社して売上や利益という数字には、まだ見えていませんでしたが、着実に前進している感はありました。0スタートになりましたが、私は、クラスメソッドのコアは技術だと思っています。コアが死んでなければ、いくらでも再生できると思って日々頑張っていました。あと、自分自身がこの危機的状況で、どこまでできるのかな?という思いもあり会社的には厳しい状況でしたが、半分は、この状況でどこまで行けるのか楽しんでいました。

盛り返してきたぞ! (10期〜12期)

AWSビジネスが立ち上がる

この時期は、iOS開発を中心としたiPhoneアプリサービス事業部、AWS上でWebアプリケーション開発を行うAWSソリューション開発部、AWSのコンサルティング、インフラ構築を行うAWSコンサルティング部の3つの部門がありました。確実に伸びてきているAWSビジネスにベットしない手はありません、当時は、赤字ビジネスでしたが、優秀な方々が続々と入社してきており、AWSコンサル部は1年前の3名からこの年に16名まで増えて来ていました。正直なところAWSビジネスがどうなっていくのか、この時は見えていませんでしたが、会社を潰さないように必死だったのは覚えています。

この頃だったと思います。社長が四半期報告会の発表で。何故会社をやっているのかということを社員に伝えました。

早く行きたいなら一人で行け、遠くへ行きたいならみんなで行け(アフリカのことわざ)」

という話をしました。非常に良い話だったのを覚えています。また、別のスライドのいくつかに、元をコピペし消すのを忘れた思われる(アフリカのことわざ)の部分だけ残っており、どんだけアフリカのことわざ推しなんだよと思いました。

モバイルアプリ開発も変わってきた

AWSを中心とすることで、モバイルアプリ開発も、今までツール系が多かったものが、アプリだけではなくAWSまで含めて、全体的にやってほしいという依頼が増え、徐々に規模の大きい仕事が増えてきました。モバイルアプリに限りませんが、今まで業務システムやツールといった明確に課題が決まっていた開発から、不確実性の高いプロジェクトが増え、フィードバックを得ながら開発することが増えてきたため、アジャイル開発を進めることにしました。アジャイルに関しては、ほとんど経験ないメンバーばかりでしたので、アジャイルコーチを呼んで助けていただきました。最初はすごく大変でしたが、結果的に、お客様も巻き込んで良いプロダクトができたと思います。

ただし、当時2つのプロジェクトをアジャイルでやりましたが、1つは成功、1つはアジャイルを諦めました。諦めた理由はいくつかあります。これは別の機会に実際やったメンバーが書いてくれることでしょう。アジャイルを諦めたプロジェクトは、数年後ですが、再度アジャイルで進め、大成功を収めました。全て結果になりますが、成功しているアジャイルのプロジェクトの共通点は、お客様も巻き込んで、熱量持って一つのチームになっているかどうかです。

任せられる不安

この時期には、iPhoneアプリサービス事業部からモバイルアプリサービス部に部署名が変更になり、上記の通り横田さんが各部署に口を出してくることはなくなりました。その代り各部門は部門長が責任を持って活動する必要があります。採用/評価/営業/開発/運用/保守など、部門が持つ全領域において各部に権限が与えられていました。与えられる権限と共に、責任というプレッシャーも感じていました。

この時期は営業の方が全然いなかったため、問い合わせに対しての営業活動、人も増やさないといけないので、採用活動などのイベントも積極的にやってましたし、開発が始まったら、プロジェクトにも入ってました。部門のプロジェクトでトラブルがあれば対応をし、利益を上げるために数字を毎日見ている。こんな状態でした。私自身ストレス耐性ある方だと思ってたんですが、結構ヤバイ状態だったと思います。

今となっては、なんですぐに相談しなかったんだろうと思ってますが、「あ、そろそろやばいな」と思ったときに、昔から苦楽をともにしてきた山本さん、深澤さんと飲んでるときに、「ちょっと俺ヤバそうだ」と言う話をしたところ、「なんで、そういうのすぐ言ってくれないの?」と言われて、すごく楽になりましたし、本当助かりました。横田さんから任せてもらっていましたが、私自身が全然メンバーに任せていなかったんだなと反省をしました。

上昇モードに入ったぞ! (13期〜15期)

会社としては、AWSビジネスが黒字転換し、益々伸びてきている段階に入っています。ココらへんから一気に社員も増えてきました。

安定してきたモバイルアプリ開発だが

色々と他のメンバーにも任せさせてもらうことにより、私自身がやることに集中できた年でした。プロジェクト自体に関わることがほぼなくなり、モバイルアプリも小売/飲食業界に特化するようにシフトチェンジし、継続開発が多くなってきた時期でもあります。私自身は前期から、色々と任せることにより、精神的にもだいぶ楽になりました。

社内でプロダクト開発専門のチームを立ち上げたのもこの時期です。業界に特化することにより、お客様の課題も似ているものが多く、課題を解決するためのソリューションを提供することで、よりスピーディーに開発できるプロダクトとしてCSモバイルを提供することにしました。プロダクト開発でビジネスをするのが非常に難しいことであると感じた年でもありました。

サーバーレス開発部を立ち上げる

この頃から、AWSのフルマネージドサービスをベースにアプリケーション開発をやりたいというお話をいただくことが増えてきました。当時、モバイルアプリサービス部でもAWSのフルマネージドサービスを利用した開発をやっていましたが、サーバーレスに特化した部門があってもいいのではないかということで、サーバーレス開発部を立ち上げたところ、IoT系の依頼が、沢山来るようになりました。

この2年前にもIoTを中心としたチームが立ち上がっていたのですが、当時はそこまで問い合わせがあるわけではなく、チームは解散しました。立ち上げ当時は、IoTをガンガンやっていこうという方針ではなかったのですが、サーバーレスというアプローチと、IoTのタイミングがバッチリあったのだと思います。

DevOps支援室を立ち上げる

15期になってから、新たにDevOps支援室を立ち上げました。DevOps支援室については、藤村さんがさようならDevOps支援室、こんにちはCX事業本部というブログログにまとめてくれています。クラスメソッドは、とにかく行動すれば打席に立たせてもらえる会社です。モバイルアプリサービス部、サーバーレス開発部も組織が拡大し、それぞれ任せられるメンバーも増えてきました。任せたメンバーは確実に行動をして結果を出してくれました。もちろん全てが上手くいっているわけではありませんが、「まずは、やってみる」と言うのがクラスメソッドのカルチャーであり、このカルチャーを一番体現しているのは、弊社のカフェ事業だと思います。マジで頭おかしいと思ってます(いい意味で)

最後に!16期に向けて

10年を振り返ってみて

あっという間の10年間でした。楽しい思い出も、大変だった思い出も沢山あります。ただ、あの時期の方が良かったと思うことは無く、常に今が一番楽しいです。これが10年間の振り返りの結論だと思います。

クラスメソッドで一番思い出に残っているのは、数年前の年末に、お客さんとの打ち合わせの帰り道。寒い冬の風に体も心も冷たくなっているときに、新橋のサウナに山本さんと行って、全て忘れられるから騙されたと思って水風呂入ってみなさいと言われ、水風呂に抑えつけられながら入ったときに本当に全て忘れるほど気持ち良かった事を覚えています。あれから、私はサウナーになりました。今では週3〜4で通っています。

CX事業本部立ち上げ

既に、いくつかのブログでも書かれていますが、16期で以下の部門が統合され、CX事業本部になりました。

  • モバイルアプリサービス部
  • サーバーレス開発部
  • AIソリューション部
  • DevOps支援室

この部門は、それぞれ独立した部門でアプローチは違えど、お客様のプロダクトに関わり、ビジネスの成功を支援するということを目的とした部門でした。CX事業本部の「C」には2つの意味があります。

  1. 「Client」:事業に課題を持ち、プロダクトを通じた解決をクラスメソッドに依頼したい事業者
  2. 「Customer」:クライアントが価値を提供したい顧客

この2つのプロダクトに関わる「C」に対してハッピーを提供していきます。そのためには、プロダクトがCustomerに提供する価値の最大化をするためのプロダクトマネジメント、どんなユーザー体験を提供すべきかのデザイン、プロダクトを形にするためのエンジニアリング、プロダクトを成長させるグロースハックなど、様々な領域のメンバーが必要になります。そのためには、Customerに対して、Clientよりも深いインサイトを得る必要があります。正直なところ課題も、やることも盛り沢山ですが、頼もしいメンバーが、沢山いるので頼らせていただきながらやっていきたいと思っています。

これからの働き方

会社も各部門も成長をしていますが、ここ数年で、コミュニケーションの取り方も大きく変わってきました。昔は東京のオフィスしか無く、執務室に集まって開発して、コミュニケーションもワンホップで通じていましたが、組織が大きくなることにより、社員も増え、拠点も増え、リモートワークの利用者が増えたことでチャット中心のコミュニケーションが多数を占めるようになりました。その結果、温度感の違いなども出てきています。働き方は自由で良いと思いますが、より現場感、スピート感を持って仕事に望むことが必要とされてきました。

私は、だいぶ打席に立たせてもらい、様々な経験をさせてもらいました。今後は、よりメンバーに対して打席に立ってもらうための支援をしていこうと思っています。クラスメソッドは、これからもすごいスピードで成長していくでしょう。私もいつまでいるかは、わかりませんが、クラスメソッドで面白いことができている限りはいると思いまし、今後もクラスメソッドの事業の発展に貢献していきたいと思っています!

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