
ゲーム UI と Web UI 両方の開発経験を通じて感じた設計思想・要件の本質的な違い
はじめに
Web アプリケーションの UI/UX 設計を担当する技術者・デザイナーの間では、「使いやすい UI」 「分かりやすいインターフェース」が長らく最重要テーマとして語られてきました。一方、ゲーム分野では UI 自体が体験やブランドの一部として強く機能し、設計の思想や実装手法も Web 分野とは大きく異なります。
本稿では、両分野での実務経験を持つ立場から、「ゲーム UI と Web UI の設計原則・目的・インタラクション設計の違い」を技術的観点から比較し、その背景にある思想や実装ノウハウを整理します。
想定読者と背景
本記事は以下のような方を主な対象としています。
- Web アプリケーション開発に携わるフロントエンドエンジニア
- UI/UX デザイナー、プロダクトマネージャー
- 今後、ゲーム開発やエンタメ系アプリへの UI 応用を検討している開発者
- 「なぜ Web UI とゲーム UI はここまで設計が違うのか」を本質的に理解したい技術者
著者自身は、ゲーム UI および Web 業務アプリケーションの双方で UI 実装・設計経験を有しており、現場での実際の知見をもとに執筆しています。
Web UI の設計原則と要件
再現性・標準化・アクセシビリティ
Web UI は、広範なユーザー・利用環境を前提に、「再現性」 「標準化」 「アクセシビリティ」を最優先とします。
主要な設計原則は以下の通りです。
- 共通デザイン・パターンの採用
業界標準の UI フレームワークやデザインシステムを積極的に導入することで、ユーザーの学習コストを削減。「どこかで見たことがあるUI」 「使い慣れた操作感」を重視。
例:Material Design、Bootstrap、Ant Design 等 - アクセスビリティ
キーボード操作、スクリーンリーダー、視認性確保、WCAG(Web Content Accessibility Guidelines)等の国際的基準に準拠。 - レスポンシブ・ユニバーサルデザイン
PC、スマートフォン、タブレット等、多様なデバイス・画面サイズへの最適化。 - ユーザビリティ・業務効率
エラー防止、入力補助、明確なフィードバック。UI の個性や演出性よりも、業務効率化や普遍的な分かりやすさを優先。
ゲーム UI の設計原則と要件
没入感・独自性・世界観の演出
ゲーム分野における UI 設計は、「体験価値の最大化」および「ブランド・世界観の表現」が根幹となります。
- 唯一無二の UI デザイン
UI そのものがタイトルの「顔」や「ブランド」として機能。他作品への流用がほぼ行われず、一作/一シリーズ ごとに最適化されたデザイン。 - 没入感とインタラクションの演出
UI アニメーション、サウンド、振動(haptics)等の多層的フィードバックを活用し、没入感を最大化。ローディングやメニューなど「静的」に見える画面でも何らかの動きや演出を施す等、常にゲーム体験の質が損なわれないよう工夫。 - UI 刷新の意味が Web と逆
UI の大幅刷新や過去作との差別化は「ブランド刷新」 「新しい世界観演出」として肯定的に受け止められる傾向。UI が変わること自体が新しいゲーム体験やサプライズに。 - インタラクションの柔軟性
スマートフォンゲームにおいて「OK ボタン以外の任意の場所タップでも遷移可能とする」等、一見正しくない実装でもテンポや快適性を重視し採用。(詳細は後述します。)
両者における設計思想の本質的な違い
Web UI とゲーム UI の違いを表にまとめると次のような形になります。
観点 | Web UI | ゲーム UI |
---|---|---|
要件 | 再現性・標準化・普遍性 | 独自性・ブランド・没入感 |
ユーザーストーリー | 迷わず、即座に使える | そのゲームだけの体験 |
デザイン原則 | フレームワーク・ガイドライン重視 | タイトル/シリーズごとにゼロベース設計 |
UI 刷新の捉え方 | リスク(離脱、混乱) | プラス(新鮮さ、ブランド強化) |
UI の「動き」とフィードバック設定
Web UI の設計では、アニメーションや動きは必要最小限にとどめるのが一般的です。たとえば「処理中」 「完了」など、状態変化を明確に示す目的でのみアニメーションが導入されます。これは、パフォーマンスやユーザビリティへの影響を最小限に抑えるためであり、「過剰な動き」は往々にしてユーザー体験を阻害すると考えられています。
一方、ゲーム UI では「動き」や「演出」が体験の一部として重要な役割を果たします。メニュー画面やローディング中のインジケーターなど、静的な画面であっても何らかのアニメーションや視覚的な動きを常に含めることで、プレイヤーが世界観から切り離されないような配慮がなされます。こうした演出は単なるフリーズ回避に留まらず、「ユーザーを飽きさせない」 「没入感を維持する」といった意図が込められていると考えられます。
インタラクション設計と情報提示
Web UI においては、フォームやダイアログなど 「型」として確立されたコンポーネントを活用し、入力や選択ミスを極力抑制する設計が重視されます。たとえば「OK」や「キャンセル」といった明確な選択肢を提示し、ユーザーが意図しない操作を防ぐ工夫が施されます。画面全体をクリックして遷移するような実装は、意図しない画面遷移や操作ミスにつながるため、原則として避けられます。
一方で、ゲーム UI、特にスマートフォン向けゲームでは、物理デバイスの制約や UX 上の工夫として、「OK」ボタン以外の場所をタップしても画面が遷移する設計がよく見られます。これは、タッチ操作の煩雑さを軽減し、プレイテンポや快適さを優先する意図があります。
刷新の受け止められ方
Web UI の世界において、UI の大幅刷新は高いコストとリスクを伴う決断です。既存ユーザーが操作に慣れている前提があり、デザイン変更によって「迷わないこと」を維持することが最大の価値とされています。そのため、初見ユーザーでも直感的に利用できるよう、「どこかで見たことがある UI」や「標準的なデザインパターン」を積極的に採用し、学習コストを極小化します。
これに対してゲーム UI は、UI 刷新自体が「新たなゲーム体験の提供」や「世界観・ブランドのリフレッシュ」という意味合いを持ちます。ゲーム UI では、完全に刷新した UI の使い方を覚えていく学習プロセスそのものや、その最中生まれる驚きも、ゲーム体験の一部としてポジティブに評価される傾向にあります。
両分野の知見はどう応用できるか
Web UI へのゲーム的発想の応用
近年では、Web アプリケーションや SaaS の領域でも、単なる情報提供や業務効率だけでなく、サービス自体のブランド価値や独自体験を UI で表現することの重要性が高まっています。
- プロダクト固有の世界観や個性を感じさせるビジュアル・アニメーション
- サービスの「らしさ」を印象づける独自のインタラクションや遷移演出
- UI 全体を通して「ここでしか味わえない体験」をユーザーに与える設計
こうした「ブランドとしての UI 体験」は、ゲーム UI が長年培ってきた強みでもあり、Web 領域でもユーザーの記憶に残るサービス設計やファン化の手段として注目されています。
一方で、業務効率や普遍性が最優先される場面では、 個性と使いやすさのバランスが極めて重要です。演出や独自性を取り入れる際も、サービスの目的やターゲット、ブランド戦略を明確にしたうえで、最適な UI 体験を設計することが不可欠です。
ゲーム UI における Web 的設計思想の活用
近年、ゲーム業界でも多様なデバイスやプラットフォームへの対応が急速に進んでいます。PC、スマートフォン、家庭用ゲーム機、さらには Web ブラウザやクラウドゲーミングなど、クロスプラットフォーム対応が当たり前となりつつある現代では、従来の「特定のデバイス向け」に閉じた UI 設計だけでは通用しなくなってきました。
こうした背景から、Web 業界で長年蓄積されてきたユーザビリティやアクセシビリティのノウハウ、標準的な導線設計やガイドの手法が、ゲーム UI にも積極的に導入されています。
- 複数デバイス間でのシームレスな体験継続
- 色覚対応、テキストサイズ変更、音声ガイドといったアクセシビリティ機能
これらは、従来のゲーム UI にはなかった「ユニバーサルな使いやすさ」を実現し、多様なユーザー層・デバイスに対応するうえで不可欠な要件となりつつあります。今後さらにゲーム体験が多様化・大衆化するにつれ、Web 分野の設計思想やベストプラクティスを積極的に活かしていくことが、競争力のある UI 設計の鍵となるでしょう。
UI 設計のトレンドと今後の展望
Web UI とゲーム UI は、その目的やユーザー体験のあり方から正解が大きく異なる分野です。しかし近年は、Web・ゲームそれぞれの領域で得られた知見やベストプラクティスが、クロスオーバーしながら発展しています。今後は「没入感」や「楽しさ」と「普遍的な使いやすさ」の両立がより一層求められるようになると考えられます。
- エンタメ要素の強い Web サービスで「ブランドとしての UI」を設計する
- ゲーム UI でも標準的な操作感やアクセシビリティ、デバイス横断の一貫性を確保し、より幅広いユーザーに快適な体験を提供する
といったハイブリッドな UI 設計は、今後の重要なテーマとなるでしょう。
おわりに
本稿では、Web UI とゲーム UI における設計原則・実装手法の違いについて、現場経験をふまえて解説しました。UI は単なる操作手段にとどまらず、サービスやプロダクトそのものの体験価値を決定づける重要な要素です。両分野の思想やノウハウを相互に参照することで、より豊かなユーザー体験を設計できると考えています。