
第8回 UXって何だろう?⑧〜現場は罠だらけ!ユーザーストーリーマッピング実践のリアルな葛藤〜
手順通りにいかないのが「実践」
前回の第7回で、USM(ユーザーストーリーマッピング)の基本的な考え方をお伝えしました。そして今回、あらためて補足しておきたいことがあります。
「USMって、実際どうやって作るの?」
今回は、USMの基本的な手順をおさらいしつつ、いざ現場でやってみると発生する「想定外のつまずき」を4つご紹介します。
この記事に書いていることは、一人のデザイナーの実践記録であり、唯一の正解ではありません。現場で実際に試行錯誤した結果として、今はこうやっています、という実践記録です。もっと良いやり方があればぜひ教えてください。
USMの基本的な作り方
まず、USMがどういう手順で作られるのかを簡単におさらいします。

簡易なユーザーストーリーマッピングのイメージ
①ペルソナとシーンを決める
誰の、どんな場面のストーリーを描くのかを最初に決めます。これは「バックボーン」や「ナラティブフロー」の基盤となります。
例:「新規登録をしようとしている田中さん(30代・スマホ操作が苦手)が、はじめてアプリを使う」
ここが曖昧なまま進むと、後で「誰のための機能?」という議論が迷子になります。ストーリーが何から始まり、何で終わるかを明確にします。
②ハッピーパスを1本決める
ペルソナが「理想的にゴールに辿り着く一番シンプルなルート」を1本決めます。これをハッピーパスと呼びます。
例:「アプリを開く→新規登録を選ぶ→情報を入力する→登録完了」
分岐やエラーケースは一旦無視し、正常系=背骨を1本通すことを大事にします。
③タスクを付箋に書いて並べる
ハッピーパスの各ステップを、さらに細かい「タスク」に分解して付箋に書き、時系列に横並びにしていきます。「ナラティブフロー」です。
例:「アプリを開く」→「新規登録ボタンを押す」→「メールアドレスを入力する」→「パスワードを設定する」→「確認メールを受け取る」…
このタスクの洗い出しは、AIに手伝ってもらうと素早くたたき台が作れます。ただしAIの出力はあくまで「中庸な回答」なので、サービスごとの特色を人間が精査・分解・追加する作業が必要です。
④タスクの下に「ユーザーストーリー(機能)」を貼る
各タスクの下に、そのタスクを実現するための機能を付箋として貼っていきます。
ユーザーストーリーの形式で書くのも良いですが、長くなってしまう場合は「名前」「お気に入り」といった単位でも、参加メンバーがきちんと理解できれば十分だと思います。
⑤優先順位を決めて線を引く
貼り終えたら、付箋を「必須なもの(上)」と「後回しでいいもの(下)」に並べ替えます。
そして、今回のリリース範囲を決める横線を引きます。線より上が今回作るもの、線より下は次回以降に回すものです。
この線を引くことで、MVP(最小限の実行可能なプロダクト)が決まります。
ちなみに、これは教科書には載っていない(多分?)私独自のやり方なのですが、現場では「将来的に入れたい機能」として「Dreamライン(夢の線)」という線を1本引くことがあります。
ワークショップ中、参加メンバーから思いもよらない熱いアイデアが出たときに、「今回のフェーズでは実装できないから」とバッサリ切り捨ててしまうのはもったいないですよね。アイデアをきちんと残しておき、「その時が来たら必ず議論に乗せよう」というチームの熱意を記録しておくために、このラインを活用しています。
これは機能の整理だけが目的ではありません。「あなたの意見を尊重します、捨てたりはしません」 ということをメンバーに伝えることで、場の心理的安全性を高める効果もあると感じています。アイデアがきちんと残ることがわかれば、メンバーはより自由に発言できるようになります。
現場で必ず起きる4つの罠
以上のように、手順はシンプルです。アイデアを出して、優先順位をつけるだけ。
しかし、実際にやってみると、つまづいたり、戸惑ってしまうポイントがあります。
罠①気づけば「自分が欲しい機能」を語り始めている
付箋にタスクを書き始めると、開発メンバーが「自分ならこういう機能が欲しいな」と、自分自身の視点でアイデアを出してしまうことがよくあります。
解決策としては、第5回・第6回で作った「事実に基づくペルソナ」やユーザーインタビューの記録を、常にホワイトボードのすぐ横に置いておきます。
「それは私たちが欲しい機能ですか?それともペルソナのAさんが欲しい機能ですか?」
この問いを繰り返すことが、ファシリテーターの最も重要な仕事のひとつと考えます。
罠②AIが出したタスクの「解像度」がバラバラ
③でお伝えしたように、タスクの洗い出しにAIは非常に便利です。しかし、AIが出した付箋をそのまま貼るのは少し慎重になりたいところです。
AIは「氏名や住所などの必要事項を入力する」といったざっくりした情報を出してきたり、タスクが重複したりします。
解決策としては、AIの回答はあくまで「中庸なたたき台」として扱うことです。
人間がそれを「名前入力」「パスワード設定」などに細かく分解・精査し、さらに人間ならではの独自アイデアを足していく、泥臭い作業が必要になります。AIに完成系を期待するのではなく、「優秀な書記」として使いたいものです。
罠③どれも重要に見えて「MVPの線」が引けない
⑤で線を引く段階になると、現場ではこうなってしまうことも多いです。
「この機能もないとクレームが来るかも」「これもあったほうが便利じゃない?」
線がどんどん下へ下がってしまい、いつまで経ってもリリースできない巨大なシステムになりがちです。
解決策としては、USMは「機能のカタログ」を作るものではない、ということです。
心を鬼にして線を上に引き上げ、「まずはこれだけで価値が提供できるか?」をチームで議論し、削る決断をすることが最大の難関です。これは本当に難しい部分だと感じます。
罠④全員の声を拾おうとすると、時間が溶ける
ワークショップの場には、必ず影響力のある人がいます。賢くて、仕事ができて、洞察も深い。だからその人の意見が良いアイデアであることも多い。
でも、気づくと場の流れがその人に引っ張られて、周りが無意識に同調するシーンが生まれることがあります。
「チームで決めた」はずなのに、実質的には一人の意見になってしまうことがあります。
これは少し個人的な話になります。私の意識していることですが、いつも、全員に必ず喋ってもらうようにしています。
● かぶってもOK
● どんな小さいことでもOK
● 出た意見は全て「ありがとうございます」と感謝しながらグルーピングする。優先順位をつけるのはその後だと意識する。
発散フェーズでは、全ての意見をフラットに扱うことを徹底しています。全員の声をフラットに場に出すのが、ファシリテーターの仕事だと思っています。
…でも、これをやると時間がなくなる。
全員に喋ってもらうことと、時間内に終わらせることは、トレードオフです。
この問題について、スクラムマスターの資格を持つ方から以前こんなことを教わりました。
「時間が決まっていることは、最初に参加者全員に周知して、自覚してもらってから進める。タイマーで管理するんじゃなくて、全員が時間の主体者になるように、最初に教育してから始めることが大事。」
ファシリテーターが一人で時間を管理しようとするのではなく、場にいる全員が時間を意識する状態を最初に作る。これが今の私の答えです。
迷ったらペルソナに聞く
USMを作っていると、意見が対立したり、迷子になることが必ずあります。
そんな時は、壁に貼ってあるペルソナの顔を見て、「ペルソナならどうするか?」をチーム全員の判断基準にしたいところです。
価値を届ける先=ペルソナの視点が、チームの羅針盤になります。汚くても、未完成でもいい。チーム全員でユーザーに向き合う時間を共有すること、それがUSMの一番の価値だと思っています。









