生きる力を磨く10代とそれを支えるコミュニティ 〜新しい教育現場で見えたアンチテーゼ〜【角川ドワンゴ学園N中等部】

この記事は公開されてから1年以上経過しています。情報が古い可能性がありますので、ご注意ください。

こんにちは。DA事業本部の春田です。

本稿は、今年7月に投稿しました角川ドワンゴ学園N中等部ドキュメンタリーの第2回の記事です。連載型の企画ですが、初回を読んでいなくても読める内容かとは思います。

本企画では、N中等部第1期生であり、僕の知人の川原明日菜さん(仮名)と、N中等部自体の1年間の成長・変化を追っています。前回のインタビューでは、明日菜さんの興味・関心や、中学校に通わなくなってしまった経緯、 入学早々に起きた面白いできごとについてご紹介しました。また、独自の路線を行くN中等部の教育方針やユニークなカリキュラムについては、別記事にて詳しく取り上げました。

第2回のインタビューでは、入学から半年が経過した明日菜さん、およびN中等部の変化と、学園内の人間関係についてクローズアップしていきます。N中等部にはつい取り上げたくなるような面白い授業がたくさんあるのですが、今回のメインテーマは「人間関係」です。

もはや技術というより社会派の記事になってしまい恐縮ですが、最近何かと暗いニュースが多いので、こういったポジティブな雰囲気の教育現場もあることを多くの人に知ってもらえたらなと思います。なお前回と同様、本文には内容に支障ない程度にフェイクの情報を散りばめ、常体(だ・である調)で執筆しております。

目次

明日菜さん、英会話とレポートにハマる

人は歳を重ねるごとに、心理的な時間間隔が短くなっていく。大人にとっての1年は気づいたら終わっているようなものだが、子どもにとっての1年は長い。そんな長い日々を、何かに夢中になってあっという間に感じられる子の顔は、少し羨ましいほどに生き生きとしている。実に、春に会った時よりも笑顔が増えた。たった半年で、人はここまで印象が変わるものなのか。

「ほんと半年間あっという間だったと思います。それまではずっと部屋で寝ていたり、何の刺激もない生活を送っていたので、時間経つのがすごく長く感じていたけれど、最近は充実していますね」

昨年までは家に引きこもり、寝てばかりで不規則な生活リズムだった明日菜さんは、ここ最近になって、朝自然に目覚められるようになった。規則正しい生活に回復できたことは、心身ともに健康な何よりの証拠だろう。

明日菜さんは、「本が好き」「国語と数学が好き」「人と話すのが好き」「小説を書いてみたい」「プログラミングに挑戦してみたい」といったことを最初のインタビューで話していたが、とりわけ今好きな授業は「英会話」だという。当初は、どちらかというと苦手だと言っていた科目だ。

「もともと英語をしゃべるのは苦手だったんですけど、楽しくなってきました。毎週外国人の先生が来てくれるんですけど、少人数のグループになって英語で質問し合ったり、Kahoot!っていうアプリを使って英語でクイズ大会をやったりしています。困った時はGoogle翻訳使ってますね」

授業中は日本語混じりになることもあるが、生徒全員が何かしら英語で質問したり、それに英語で答えたりしているという。小中学校の英会話授業といえば、英語を話すのが恥ずかしかったり、ネイティブの発音をまねて話すとからかわれたりといった理由で、昔はまともな授業になっていなかった気がする。今の子どもたちは異文化に触れる機会が多いため、そんなこともないようだ。

「けど小説は全然書けてないですね。楽しいことがありすぎて時間がなくて、本を読む冊数すら少なくなってきちゃいました。今まで本読んでた分、友達と話してたりとか……」

楽しいことがありすぎて時間がない、嬉しい言葉だ。実際、インタビューの半分くらいは友達の話だった。新しい環境で、素敵な友達に恵まれたのだろう。友達とはどんな話をしているのか聞いてみた。

「うーん、レポートがある日はレポートの話とか?『自分が指導者なら褒めて伸ばすか、叱って伸ばすか?』みたいな。めっちゃ盛り上がれますよ。もちろん、くだらない話もしますけど (笑)」

明日菜さんが最近ハマっていることの一つに、レポートがある。この授業は、自分の意見を考え、それを補強するための情報を揃えるといったことを目的に、最近始まった授業だそうだ。レポートのテーマは「消費税10%に賛成か反対か」といった社会的なものから、「クローン人間をつくることに賛成か反対か」といったSFチックなものまで様々だ。彼女が書いているレポートをちらっと見せてもらったのだが、情報ソースとして学術論文も引用しており、なかなか本格的なものだった。もともと勉強が好きと言っていた子なので、こういった何かを研究し追求していくことが性に合っているのだろう。

中学2年生までは鬱屈とした日々を送っていた少女が、「自分を変えたい」という思いでN中等部に入ったら、当初は想像もつかなかった英会話とレポートの授業にハマり、良き友達と残り少ない中学生活を謳歌しているのである。人生、何が起こるかわからない。

教育のアジャイル型開発

ここ半年で彼女が着実に成長していると同様、N中等部もアップデートを重ねている。ルーティンワークになりがちな教育現場の中では、かなり異色な方だろう。目の前の生徒に合わせて、日々カリキュラムや授業方針を調節しているため、半年ぶりの取材となると良い意味でキャッチアップが大変なのである。「教育のアジャイル型開発」といったところだろうか?

まず、N中等部が最も力を入れているという「ライフスキル学習」の名称が、「21世紀型スキル学習」へと変更された。開校当初からWHO(世界保健機関)が提唱する「10のライフスキル *1」と、ATC21Sが提唱する「21世紀型スキル *2」を下に、ICTリテラシーを駆使した授業が開発されてきたが、「21世紀を生き抜く力を育む」という今の授業コンセプトに近い、後者に名称を集約したという。

「21世紀型スキル」と言われても概念がふわっとしていて、なかなかイメージが浮かばないと思うが、最近の授業でいうと「誰かが適当に書いた線から人や動物を探す」というワークショップが行われた。例えば下の雑な線からは、見方を変えれば「こちらにしっぽを向けながら振り向いている犬の絵」が想起できるだろう。書いた本人にとっては何の価値がないものから、後付けで価値を見出して創造するワークショップである。

他にも、ある映像を見て「この中の登場人物たちが困っていることはなんだろうか?」と想像し、解決につながる道具を粘土で作成するといったワークショップもある。春から夏にかけて、生徒たちはコミュニケーション能力の下地を固めてきたが、現在は価値創造や問題解決に関するトレーニングを中心に受けている。

そんなとりわけユニークな21世紀型スキル学習であるが、授業1コマの中に収まっているわけではなく、カルチャーとしてN中等部全体に染み付いている。先生が朝の会で話す小ネタの中や、生徒と先生のふとしたやりとりの中にもその要素が垣間見え、キャンパスにいる時は常に「自分と他者を理解し、協働して創造する」というサイクルが生まれている。やはり、この「21世紀型スキル学習」がN中等部の中核だ。

プログラミングの授業は、方針がガラッと変更された。元々はScratchやG Suiteを使って全体授業を行っていたが、中学生にしてアプリ開発の経験がある生徒も数名いるらしく、習熟度に開きがあったため、自学自習スタイルで進められるようになった。今は、生徒たちはWeb開発やデザインといった実用的な技術をオンライン教材で学んでおり、もはやScratchは教材として使われていないらしい。ちなみに、明日菜さんがハマっているレポートの授業は、このプログラミングの授業の一貫で行われている。プログラミングだけでなく、インターネットから情報を精査する力も、若いうちから身につけておきたい大切な能力だ。

生徒の学ぶ姿勢、先生の教える姿勢

未来感あふれる授業に注目が集まる一方、N中等部には「基礎学習」の時間もしっかりと設けられている。こちらは生徒が自学自習スタイルで、それぞれ好きな科目を勉強している。基礎学習の授業用に、国・数・英の映像授業が用意されているが、持ち寄りの教材を使っても、理科・社会をやっても良いらしい。

「私は市販の数学のテキストを買って、その問題集を教えてもらうようになりました。映像だと選択問題が多いので、数学が4択だとすぐわかってしまうんですよねー。あと紙の方が勉強やってる感があって好きです」

明日菜さんは映像授業では物足りず、自分で難易度を上げて取り組んでいる。生徒の中には、中3にして高校数IIICを解いている人もいるらしい。

また最近、Googleフォームを使って簡単なテストが実施されるようになった。それも、生徒側から「勉強が楽しくなってきたから習熟度を確認したい」という声が上がってのことだそうだ。取り組んでいる科目や習熟度によって生徒ごとに異なるオリジナルのテストのため、他の子と点数を比べることがないから良いと、生徒からの評判は上々である。生徒側からテストを希望するあたり、彼らは中学生年代にして「学ぶことの意義」を理解しているのだろう。

「普通の学校とかだと勝手に授業が進んでいくけど、ここは自分から進めないと始まりもしないので (笑) まあ休み時間は長めだし、疲れたら休んでもいいという感じもあるので、みんな自分のペースでやってますね」

そんな生徒の自学自習をサポートしているのが、N中等部の先生たちである。明日菜さんいわく、めちゃめちゃ教え方がわかりやすいとのことだ。塾の先生に聞いてわからなかったところも、N中等部の先生に聞けば大体解決するという。N中等部としては、先生の採用に特別厳しい選考を行っているわけではない。人柄がよく、ティーチングではなくコーチング *3の意識で、生徒の伴走者として自身も柔軟に変化できることを重視した採用を行っている。「生徒に何か教える」というよりは、「生徒から何かを引き出す」というマインドセットが徹底されており、それが教え方にも影響しているのだろう。

(今年7月、一部の生徒はN中等部共同開発者の小林正幸教授が開催している元気キャンプにも参加した。「他キャンパスの生徒とも友達になれた!」と、インドア派の明日菜さんも楽しめたようだ。)

私と、友達と、先生と

大人も子どもも、人間関係に悩みはつきものだ。ただ子どもの場合は、自分の力で環境を変えることができないし、相談できるのは家族と学校の先生のみで、基本的に身近にしかいない。子どもの世界は、大人の世界よりも閉鎖的だ。N中等部では、人間関係にトラブルはあるのだろうか?

「ちょっとしたケンカとかはありますけど、ひどいトラブルとかはないです。特にみんなそういった人間関係で困っててここに来ているので、気遣いはすごいと思います。みんなそれなりのこだわりを持っていますが、考え方が大人な子が多いですよ」

明日菜さんは大人から見ても、とりわけ大人びた性格をしているが、N中等部にはもっと大人びた子がいるらしい。彼らはそれぞれ尖った個性を持っているが、お互いを一対一で尊重している。

「トラブルがあったとしても、先生に言ってすぐに解決してもらってます。苦手な人がいたら先生に相談すれば、『じゃあちょっと距離とってみようか』ってなって、なるべく一緒の班にしないでもらったりできます」

生徒たちは、何かあった時は先生に相談できる環境にいるようだ。ただし、頼りたい場面では生徒は先生を頼っているが、基本的に生徒と先生の関係も対等である。先生が生徒に対して何かを強いることはないし、テストの例のように生徒側から先生に要望を出すこともある。明日菜さんも、自身の要望をしっかりと先生に伝えている。この学園内の人間関係から察するに、彼女たちがいる環境はかなりオープンで風通しが良い。

角川ドワンゴ学園の教育方針の一つに、「社会で役立つ武器を授ける」というのがある。その焦点は、「社会」だ。角川ドワンゴ学園は、生徒たちを「学校教育」ではなく「社会」に溶け込ませたい、そんな姿勢が垣間見えた。

明日菜さん、N中等部生の進路

さて、中学3年の秋だ。卒業後の進路について考えはじめる時期だろう。半年間N中等部で生活してきて、どういう将来像が見えてきたのか、こちらとしてはかなり期待してしまう。

「ごめんなさい、将来像は全然ないですね (笑)。周りはプログラマーになりたいとか、ゲーム制作したいとか、YouTuberになりたいとか、すでにやりたいことがある人が多くてビビってます」

大層な質問をしてしまって申し訳なく思う。そもそも、この年齢では将来像なんて持っていないのが普通であろう。明日菜さんは「周りと比べたら、私なんてごく普通。」という気持ちがあるようで、インタビュー中は友達のすごいところ、ユニークなところをたくさん話してくれた。彼女なりに少しでも魅力を伝えようと気遣かってくれたのだろうか。15歳ならぶっちゃけ話もあるだろうと、高を括っていたのが恥ずかしい。

それはさておき、やはりN中等部には個性あふれる生徒が多い。絵が上手い、楽器ができる、動画作成、アプリ開発、バイリンガル・トリリンガルといった特技や、凝ったプラモデルや、衣装から作るコスプレといったディープな趣味まで、みんな多彩である。公立中学出身の人が多いが、帰国子女やヨーロッパ圏から来た留学生、飛行機や新幹線を使って地方からわざわざ登校する生徒もいる。

先生陣も負けじとユニークな人が多い。山口県出身なのにエセ関西弁の先生がいたり、高二病を患わせて理系なのに文系科目で大学受験した先生がいたりと、先生のキャラも強い。先生が楽しいと、生徒も楽しくなる。生徒が楽しいと、先生もさらに楽しいだろう。

刺激的で行動力のある人達に引っ張られ、明日菜さんも前に進もうとしている。

「進路とか前まで本当に興味なかったけど、友達にどこ行くの?とか聞いたり、N高について調べたりしていて、ちょっとずつ興味は湧いてきました」

今志望校に上がっているのは、都立高校が3校、私立高校が1校と、N高等学校だ。なんでも、N中生全員がN高に進学するわけではないし、学園側としても自校への進学を強いていない。N高を滑り止めに使ってもいいそうだ。

明日菜さんのポテンシャルを直に感じている身としては、差し出がましくも自身の興味・関心を深められる高校へ進学するのがいいのではと思ってしまう。ただ、彼女のお母さんがこう言い足して笑った。

「制服がかわいい高校とかでもいいんだよっ!」

華の女子高生だ。たしかに、それもごもっともである。

最後に

最後までお読みいただきありがとうございました。

次回で最終回となりまして、来年4月頃公開予定です。乞うご期待ください!

N中等部 | 学校法人角川ドワンゴ学園

脚注

  1. 日常的に起こる様々な問題や要求に対して、より建設的かつ効果的に対処するためのスキル。1.意志スキル 2.問題解決スキル 3.創造的思考 4.批判的思考 5.コミュニケーションスキル 6.対人関係スキル 7.自己認知 8.共感的理解 9.情動に対処するスキル 10.ストレスに対処するスキル からなる。(参照: “Life skills and soft skills make you smart life”
  2. 21世紀に求められるソフトスキル。批判的思考力、問題解決能力、コミュニケーション力、コラボレーション力、情報リテラシーなどからなる。(参照:21世紀型スキルとは グローバル社会に求められる新しい人材像をご紹介
  3. ティーチングとコーチングの違いには様々な観点がある。(参照:【即習】コーチングとは?歴史は?ティーチングとの違いで学ぶ、その意味と効果的な使い分け | Hello, Coaching!