デザインとアートの話

2017.06.29

デザインとアートの違いはよく議論されていますが、私なりに分析した結果を記します。

デザインは問題解決、アートは自己表現なのか

デザインは客観性や戦略、プロセスを重んじた問題解決の方法であり、アートは主観的な自己の表現であり、やりたいようにできる、というのが一般的な認知かと思っています。
ただし、これは両者をビジネスという観点で考えるとまた違ってくると思います。
殊にコンテンポラリーアートにおいは市場を意識した戦略を立てずに成功することは困難であり、ビジネス的な側面も強くなっています。
そもそも、コンテキストを汲み取ってくれないと、この作品の意味はわからないだろう、とアーティスト自身が考えていることが多いです。
意味を持たせるという点ではロジカルなものですし、何かを人に伝えて利益を得るという点では制限がないわけではないでしょう。
古き良き時代の画家であっても、その構図は大して変わらないと思います。

この議論がされる理由

上に立つ人物がデザイナーに対して、「アートとデザインは違うんだから」という一種のたしなめのような発言をすることがあります。
これは下図のCの領域をやるな、と言い換えれないでしょうか。
ビジネスでは定量化しづらい要因を潰すのが正義であることが多いからです。

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要するにアートの持つ負の要因が、新人のデザイナーを諭す時などに使い回しいが良いのでしょう。
Aは趣味で問題解決する、です。ありえます。

じゃあ、Dの領域はなんなんだ、という話になりますが、これも成り立たないわけではないと思います。

iPhoneを触っていると、これが問題解決的なアプローチによって製造されたプロダクトとは思えないことがあります。

問題解決のアプローチは、そのゴールが既存の問題の解消であることが多く、その過程で1つの問題を解決すると、派生的にまた他の問題が生じ、それを順次潰すのを繰り返す、という流れになりがちです。
ただ、その流れだと、完成形が歪なものになって俯瞰するとあまり美しくないプロダクトが生み出される傾向にあります。

iPhoneはそういったアプローチではなく、とりあえず既存の問題とかは一旦無視して、強烈な理想像やあるべき姿を描いた上で、テクノロジーを駆使して猛然とそこに向かうことで生み出されたプロダクト、だと私は感じます。

今はどうか知りませんが、スティーブ・ジョブズが健在だった頃のアップルではユーザーテストなどはしないし、自身も消費者は自分が何が欲しいかわかっていない、などと言っていることから、客観性を重んじているというよりは、自分の主観や信念を信じていたのではないでしょうか。
そう考えると、この人のアプローチは問題解決というよりは、自己の実現や理想の追求アプローチに近いのでは、と思うこともあります。
経営者なので、そういったスタンスや考え方を「ビジョンがある」と言うのだと思います。
ある意味でこの人は、デザインが必要とされる土壌でアートをやり切ったと男、と言っても過言ではない気がします。
ただ、成功による跳躍が尋常でないし、世界的にも珍しいほどの偉業なので真似をすると火傷しかねません。

デザインとアートは共存するのか

例えば、犯罪率が高い都市の一角で、アーティストが自己の表現として描いた、ものすごくハートウォーミングな絵をデザイナーが配置するとします。
その結果として、その都市の人々の心が癒されて犯罪率が低下したとします。
これは問題解決が成功した、と言えますが、ではデザインとアートのどちらに属するのでしょうか。
アートの力を借りて問題解決をした、と言えないでしょうか。
別にアートでも問題解決はやろうと思えばできるのでしょう。
包含関係が逆になっても十分に成り立つと思います。
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まとめ

アートの持つダークサイドやレッテルにとらわれずに、デザインとアートを両方駆使してテクノロジーを介して最高のプロダクトを作るのが最高に楽しいのでは、と思います。designArt_03