
【Center Stage】「Smart Manufacturing Transformation: From Showcase to Everyday」Merckのキーノートを聞いてきた #HM26
概要
こんにちは、クラスメソッド製造ビジネステクノロジー部の田中聖也です。
HANNOVER MESSE 2026のDay4(4月23日)、Center StageでMerckのCanzoneri氏によるキーノートを聞いてきました!スマートマニュファクチャリングのリアルな話と、Merckが社内でどうやって変革をスケールさせているかが具体的な数字付きで語られていて、かなり刺さるセッションでした。
この記事では以下のことに触れていきます。
- セッション概要
- Merckという会社(365年の歴史、3事業、120工場)
- なぜ「ManufacturingからSMARTfacturingへ」なのか
- 製造業が抱える外的課題・内的課題
- 製造業の8〜9割がLevel 2(Digital Silos)で止まる構造的な理由
- Foundation(基盤)への投資はセクシーじゃない、でも避けられない
- Merckの取り組み(4つのワークストリーム、>130 Capabilities)
- 具体的な成果(デジタルツインで開発期間50%短縮、MTPで接続9ヶ月→2週間)
- 「9割のプロジェクトが失敗する理由」と人材変革の必要性
- 役割ごとの成熟度マップとSMARTfacturing Studio
- 聞いて感じたこと
セッション概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| セッション名 | Smart Manufacturing Transformation: From Showcase to Everyday |
| 日本語タイトル | 製造業からスマート製造業へ:変革に乗り遅れれば、未来を逃す! |
| 日時 | 2026年4月23日(木) 11:40-12:10 |
| 会場 | Hall 25 Center Stage |
| 形式 | Keynote |
| 登壇者 | Prof. Dr. Michelangelo Canzoneri(Global Head of Smart Manufacturing, Merck KGaA) |
Center Stageの中でも「AI・自動化ベストプラクティス」枠に位置付けられたキーノートで、AI技術を導入する側の事業会社、それも巨大グローバル製造業の現役責任者が、社内変革のリアルを語るという構成でした。
なお、Center Stageというのはハノーバーメッセの中央広場的なステージで、Hall 25にあります。世界各国から約80名のスピーカーが登壇する目玉プログラムで、独⇔英同時通訳付き。
Merckという会社
冒頭でCanzoneri氏が紹介していたMerckの基本情報がこちら↓
- 365年の歴史を持つ、世界最古の製薬会社
- 3つの事業セクター: Life Science(ライフサイエンス)・Healthcare(医薬品)・Electronics(エレクトロニクス)
- 120の製造拠点、100以上の物流センター、60のプロセス開発ラボ、120以上のQCラボ
- 320,000以上の製品、150万人以上の顧客、1億人以上の患者
- 25,000人のオペレーション従業員
率直に、これだけのスケールで「製造オペレーション」を回しているという事実が圧倒的ですね。製薬・ライフサイエンス・半導体材料という、規制も品質要求もバラバラな3事業を一つの傘の下で運営しているのが特徴です。
ちなみに日本でよく聞く「メルク」と米国の「Merck & Co.(MSD)」は別会社で、Canzoneri氏が登壇していたのはドイツのMerck KGaAの方です。

なぜ「ManufacturingからSMARTfacturingへ」なのか
セッションのタイトルにある "Smart Manufacturing" を、Canzoneri氏はあえて "SMARTfacturing" と呼び替えていました。
Why should we call it smart manufacturing if actually we want to reduce the manual repetitive work? So the word "manu" in the word manufacturing should be actually disappearing.
(訳: 手作業の繰り返し作業を減らしたいのに、なぜ "smart manufacturing" と呼ぶのか? "manufacturing" の中の "manu"(手作業) は消えるべきだ)
なるほど、と思いました。"Manu(手作業)" を消して "SMART" に置き換える、というのを社内コンセプトのコアに据えているのが伝わってきて、ネーミング一つで方向性を示す姿勢が良いですね。
製造業が抱える外的課題・内的課題
Canzoneri氏は、製造業が直面している課題を 外的(External) と 内的(Internal) に分けて整理していました。
外的課題

具体的な数値も提示されていて↓
| 課題 | 数値 |
|---|---|
| 原材料コスト上昇 | +8〜15% |
| エネルギーコスト上昇 | +20% YoY |
| 在庫バッファ増加 | +10〜25% |
| リードタイム長期化 | +15〜20% |
| 輸出規制対象の取引額 | 全体の12〜18% |
| 欧州化学品の貿易損失 | 約300億ユーロ |
| CO2削減目標(2030年) | -30〜-50% |
「volatility(変動性)が新しい常態(new normal)になった」というのが本日のメッセージの一つで、コスト・サプライチェーン・規制・サステナビリティが同時多発的に効いてきているのが現状ですね。

内的課題

- データのサイロ化: 誰も意図的に作っているわけではない。みんなプロジェクトと成果物に集中しているだけ。結果として「誰が何を持っているか分からない」状態になる
- AIへの不安: 雇用が失われるのではないかという感情的な緊張
- コスト・時間プレッシャー: 「仕事が多すぎる」
- 互換性のない技術: 365年もあればレガシーシステムが大量にある。ERPだけでも昔は40種類あった
- デジタルへの認識の違い: 「スマートマニュファクチャリング」が何を指すのか、社内で揃っていない
- ビッグデータの宝箱はまだロックされている: データエンジニアの80%の時間がデータクレンジングに消えている("frozen information"(凍結された情報))
No one is actually creating actively a silo, but still you sense there is silos.
(訳: 誰も意図的にサイロを作っているわけではないが、それでもサイロは存在する)
これは正直、製造業に限らず多くの会社で起きていることだなと感じました。「サイロを作らない取り組み」ではなく「サイロが自然発生する構造そのもの」にメスを入れないと解けない問題ですね。
製造業の8〜9割はLevel 2(Digital Silos)で止まっている
Canzoneri氏は、製造業のスマート化を5段階のMaturity Level(成熟度レベル)で整理していました↓
| Level | 名称 | 特徴 |
|---|---|---|
| 1 | Pre-digital Plant(プレデジタル工場) | 紙ベース、手作業 |
| 2 | Digital Plant(デジタル工場) | MES/LIMSなどシステムはあるが繋がっていない |
| 3 | Connected Plant(コネクテッド工場) | E2Eで設備とプロセスがデジタル接続 |
| 4 | Predictive Plant(予測工場) | 高度分析で「次の最善手」を提示 |
| 5 | Adaptive Plant(適応工場) | システムが自己最適化 |

そして業界全体のベンチマーク(i4.0MC調べ)を示しながら↓
- 2022年: Level 1が16%、Level 2が大多数、Level 3が4%、Level 4は0%
- 2024年: Level 1が3%まで減少、Level 2は依然60%、Level 3が36%に増加
- 2025年: Level 2が依然多数のまま、Level 3はほぼ横ばい
「ちょっと待って、なぜ進まないんだ?」というのがCanzoneri氏の問いでした。Level 2(Digital Silos)から先に進めていない企業が圧倒的多数で、しかもそこから動けていない。
会場でも「あなたの工場はどのレベル?」というアンケートが取られ、ほとんどの参加者が Level 2 に手を挙げていました。Level 5に手を挙げた人は0人でした。
Foundation(基盤)への投資はセクシーじゃない、でも避けられない
なぜLevel 2から進まないのか。Canzoneri氏の答えはシンプルで↓
The foundation is super costly, and there is no NPV.
(訳: 基盤は非常にコストがかかるし、NPV(正味現在価値)がない)
つまり、
- Level 3以降に進むには Foundation(基盤) の整備が必要
- 基盤とは: デジタルプラントのインフラ、OT機器の接続、オントロジー/ナレッジグラフへのデータ取り込み、OTサイバーセキュリティ、データAutobahn(データの高速道路)
- これらは コストがかかる割に直接の財務リターンが見えにくい
- だから経営層に通しにくいし、社内で「やる気」を維持しづらい
これがLevel 2の壁の正体だ、という指摘でした。
I know this is not so sexy as talking about AI and agentics, but it's still needed.
(訳: AIやエージェントの話と比べると基盤の話はセクシーじゃないことは分かっている。それでも必要なんだ)
この「セクシーじゃないけど必要」という言い回しは、正直なところ製造業の現場で何度も飲み込んだ言葉でした。経営層はAIの話を聞きたい。でもAIを動かすにはデータが必要で、データを取るには設備接続が必要で、設備を接続するにはOT/ITの規格を揃える必要がある。この順番をすっ飛ばすと、PoCは動いてもスケールしないというのが、現実問題として全業界で起きていることですね。

このピラミッド図がCanzoneri氏のメッセージの核心で、「IT/OT → Data → Advanced Data Analytics → Predictive/Prescriptive」の積み上げ順を守らないと崩れる、と。確かにこの順番は崩せないですね。
Merckの取り組み: 4つのワークストリームと>130 Capabilities
ではMerck自身は何をやっているのか。Canzoneri氏は、Merckの変革モデルを "ONE Merck" という言葉で説明していて、3つの事業セクター(LS/HC/EL)を横串で繋ぐ取り組みになっていました。
そして変革は4つのワークストリームに分かれます↓

| ワークストリーム | 範囲 |
|---|---|
| IT/OT Convergence | デジタルプラントインフラ、OT標準、OT統合(MTP、M2M)、OTサイバーセキュリティ、Operations Data Autobahn |
| Manufacturing Excellence by Design | プロセス開発、プロセスエンジニアリング、商業生産、QC、QA、保守 |
| Supply Chain Intelligence | 予測、計画、スケジューリング、流通、物流 |
| Workforce Readiness & Change Management | スキル向上・リスキリング、変革マネジメント、戦略的人材エンゲージメント |
ここで個人的に良いなと感じたのは、Workforce Readiness & Change Management が4つの柱のうちの1つとして同等の重さで扱われている点です。技術や設備の話だけでなく、「人」を変革の柱に据えているのが、変革を本当にスケールさせるために必要な姿勢だと感じました。
そして、このワークストリームの中で >130 Capabilities (=130を超える能力/ユースケース)を、すでにインキュベートだけでなくスケールまで進めているそうです↓

130というのは決して小さい数字ではなく、ここまで具体的に「インキュベート→標準化→スケール」のサイクルが回せている会社は世界でも限られると感じました。
具体的な成果: デジタルツインで開発期間50%短縮、MTPで接続9ヶ月→2週間
130のうち、いくつかが具体例として紹介されていました。
1: デジタルツインでバイオプロダクション開発を50%短縮
抗体医薬品(モノクローナル抗体)の製造プロセス開発に対して、バイオリアクターの細胞代謝・物理・反応をモデル化したハイブリッドモデル(データ駆動 + メカニスティック)を構築。製造プロセス開発のタイムラインを全体で50%短縮できたそうです。
「Google Mapsのロジックで製造をナビゲートする」という比喩がしっくり来ました。リアルタイムデータでモデルが何を避ければよいか教えてくれる、というのは確かにGoogle Mapsの渋滞回避と同じ構造ですね。
2: 冷却ステーションのIoT化でエネルギー20%削減、CO2 435トン削減
工場の水冷却機にIoTセンサーとAIモデルを導入し、エネルギー消費を 20%削減。年間 CO2 435トン の削減につながったとのこと。サステナビリティ目標と財務インパクトが両立する好例ですね。
3: MTP(Module Type Package)で接続が9ヶ月→2週間に

MTP(Module Type Package、製造設備をモジュール化して規格化された接続を実現する産業標準)を導入することで、
- 通常 9ヶ月 かかる設備接続が 1〜2週間 に短縮
- 設備を別の国の工場に移しても同じ接続性
- 市場投入スピードを 50%向上
- カーボンフットプリントを 30%削減
- これまでに 300以上のモジュール を構築済み
「Plug and Play(プラグアンドプレイ、手動設定なしで自動的に認識・設定され、すぐに使用できる仕組み)で設備が動く」というのが製造業で実現すると、現場の身体感覚としてめっちゃインパクト大きいです。9ヶ月かかっていたものが2週間になるというのは、設備投資の意思決定や生産ラインの組み替え速度に直結しますね。
「9割のプロジェクトが失敗する理由」と人材変革
セッション後半で、Canzoneri氏が投げた問いがこちら↓
Why do 9 out of 10 projects fail if it's so obvious that we should do more of this?
(訳: これほど明らかに「やるべき」なのに、なぜ10件中9件のプロジェクトが失敗するのか?)
答えはCanzoneri氏の中でははっきりしていて、
Technology is easy. We as humans are actually slowing down the process.
(訳: 技術は簡単だ。プロセスを遅らせているのは、私たち人間自身なんだ)
技術の問題ではなく、変革に対する人の理解と適応こそが本当の課題だ、というメッセージでした。新しい技術を導入するとは、業務プロセスを変えること、働き方を変えること、価値を理解して採用してもらうこと。これは紙の本を電子書籍に変えるのと同じ感情的なハードルがある、という例えが分かりやすかったです。
構造的な人材課題
ではどれくらいの人材変革が必要なのか。スライドで提示されていた構造的課題のデータがこちら↓

ポイントだけ拾うと、
- 2030年までに 14%の仕事が完全自動化 され、32%の仕事が大きく変化 する
- 10人中6人(6/10) の従業員が基本的なデジタルスキルを欠いている
- OECD諸国では人口高齢化 により労働市場の供給そのものが減少していく
つまり、自動化で仕事が消えるという話と、その仕事を担えるデジタル人材がそもそも足りないという話が、同時に進んでいるということ。これは率直に、製造業のDX文脈で語られる中でもかなりシビアな数字ですね。
役割ごとの成熟度マップ
そしてMerckが特に丁寧に作り込んでいたのが、役割ごとの成熟度マップでした↓

化学プラントで働く7つの役割(Plant manager、Process engineer、Reliability engineer、Production planner、Console operator、Field operator、Maintenance technician)それぞれについて、
- Status Quo(現状): 例えばReliability engineer なら "Preventive maintenance(予防保全)"
- Target Level(目指す姿): 同 Reliability engineer なら "Predictive maintenance(予知保全)"
という形で、役割単位でAs-IsとTo-Beを定義しています。
正直、これがすごいなと感じました。「DX人材育成」と一括りにしないで、Field operator なら "Mobile rounds(モバイル巡回)" から "Augmented rounds(拡張現実による巡回)" へ、Maintenance technician なら "Mobile maintenance" から "Augmented repair" へ、と各役割で何が変わるのかが解像度高く言語化されているわけです。
SMARTfacturing Studio: "show me, tell me, let me"
そして、変革を「触れる」形にしたのが SMARTfacturing Studio という社内サンドボックスです↓

設計コンセプトが "show me, tell me, let me" という3段階になっていて、
- show me: 見せる
- tell me: 説明する
- let me: 触らせる
つまり、説明だけで終わらせず、最終的に「自分で触らせる」ところまでをセットにしているわけです。
Studioで扱っている技術は、
- Predictive Maintenance(予知保全)
- PAT(Process Analytical Technology、製造プロセスをリアルタイムで分析・制御する手法)
- Digital Twins(デジタルツイン)
- MES lite(軽量版製造実行システム)
- Smart Energy Monitoring(スマートエネルギー監視)
- EDGE(エッジコンピューティング)
- MTP & POL(モジュール接続規格)
と、Merckが今使っている技術と、近い将来導入予定の技術が実機ベースで一通り体験できる形になっています。スライドの右側に映っているのが実際のテストベッドの写真で、バイオリアクターやセンサーが組み合わさった本物の設備に近い構成でした。
そしてStudioのMissionが4つに分かれていて↓
| Mission | 内容 |
|---|---|
| INCUBATE | オペレーションテクノロジースタックのテストベッドで能力をインキュベート |
| SHOWCASE | 既存の能力と、まもなく現場に来る能力を見せる |
| EDUCATE | ハンズオン例とトレーニングで従業員を教育 |
| CONNECT | 部門横断チームを通じて人・プロジェクト・標準を繋ぐ |
「説明会で1万回伝えるよりも、1回触ってもらう」方が変革は早い、というのは関西製造業祭りで話したテーマとも重なるところで、ここまで実物のテストベッドを社内に持っている会社は世界的にも限られると感じました。稼働中のラインに影響を与えずに体験できる場を社内に用意することで、変革の旅(journey)に参加してもらう仕組みになっています。
聞いて感じたこと
セッション全体を通して、Canzoneri氏のメッセージは一貫していて、
- 製造業のスマート化は技術問題ではなく、人と組織の問題
- Foundation(基盤)への投資は地味だけど避けられない
- ボトムアップとトップダウンの両輪が必要(現場の課題吸い上げ + 経営層のコミットメント)
- 標準は技術ではなく合意の問題
- 変革は継続的な対話であって、PoCを始めることとはまったく違う
最後の質問パートで「過小評価していたものは何か?」と聞かれて答えていた
What is underestimated every single time is how we as humans are actually slowing down the process. Technology is easy.
(訳: 毎回過小評価されるのは、人間自身がプロセスを遅らせているという事実。技術は簡単だ)
この言葉は、現場で製造業のDXを進めようとしている人なら一度は飲み込んだ言葉だと思います。技術的にできることは年々増えているのに、なぜスケールしないのか。「人間が変わる速度」こそが本当の律速段階だというのは、製造業に限らずあらゆる業界に当てはまる話ですね。
クラスメソッドとして製造業のお客様と関わっていく中でも、技術提案の前に「変革の地図を一緒に描く」フェーズの重要性を改めて感じたキーノートでした。
まとめ
HM26のDay4 Center Stageで、Merckのキーノート「Smart Manufacturing Transformation: From Showcase to Everyday」を聞いてきました!!
製造業の8〜9割がLevel 2で止まっている理由、Foundationへの投資の重要性、そして「技術ではなく人が律速」という現実が、世界最古の製薬会社の実例とともに語られていて、確実に持ち帰る価値のあるキーノートでした。










