
ゲームエンジニアである私が Twilio に魅了された理由
はじめに
ゲーム開発者としてキャリアをスタートして以来、私にとって電話や SMS といった技術はまったく縁のない存在でした。それらは主に業務アプリやカスタマーサポートの文脈で使われるものであり、リアルタイムな演出やインタラクションを重視するゲーム開発の現場ではまず扱う機会がありません。仕様も複雑そうで、何より「番号を取得する」 「メッセージを送る」といったプロセス自体にどこか物理的で制度的な重さを感じていたのです。
私自身そうした領域には正直あまり関わりたくないと考えていました。Web API の設計や UI のリアルタイム制御に比べると、電話や SMS は動作も重く、制御しづらく、どうにも自分のコードの延長線上にはないものに思えていたからです。
そんな中で出会ったのが、Twilio という通信 API サービスでした。SMS を送信したり、自動音声通話を発信したり……そうした機能が、Web の文脈で扱えることに、驚きと違和感が同時に押し寄せてきたのを覚えています。ずっと遠くにあると思っていた技術が、突然身近なものとして存在感を放ってきたような不思議な体験でした。
本記事では、ゲームエンジニアである私が Twilio に惹かれた理由と、その背景にある思考の変化を掘り下げていきます。技術的な紹介や手順書ではなく、「なぜゲームの文脈でこの API が面白いと思えたのか」という視点で、Twilio という技術の意外な可能性を綴っていきたいと思います。
ゲームエンジニアとしての技術的バックグラウンド
私はこれまで、ゲーム開発の現場で主にサウンド関連のエンジニアリングに携わってきました。音響の領域では、 1 秒あたりに 48,000 個ものサンプルを扱います。実際の処理は 1/60 秒ごとに数百サンプル単位で更新されており、たった一度の処理遅延がノイズや音切れとしてユーザー体験にそのまま跳ね返ってきます。そうした理由から、処理効率や応答速度には非常に高い精度が求められ、最適化のためにアセンブリコードを読んで数 byte 単位でメモリを削るような、細かな調整を行うこともありました。
このような環境では「どこで何が起きているのかが見えていること」が大前提となります。制御の全体像を把握できるように設計し、意図どおりに動作するよう微調整を重ねていく。自分の手の中で完結する技術体系こそが私にとっての開発のスタンダードでした。
だからこそ、電話や SMS のような通信手段は、技術的にも思想的にも遠い存在でした。通信事業者・キャリア・制度・物理インフラ……その他諸々が関与するこの領域に自分のコードが介在できる余地が少ないように思えていたのです。何をどうすればどこに届くのか。Web API とは異なり仕組みの背後に見えない世界が広がっていることに、正直なところ距離を感じていました。
(とはいえ、考えてみれば電話回線が物理的につながっていた時代のほうが、動作としてはむしろシンプルで即時性が高かったとも言えます。それが API として抽象化され、Web から制御可能になったことで自由度は増しましたが、その分処理がどこで何をしているのかはより見えにくくなっています。)
私にとって Twilio が新鮮だったのは、まさにこの「制御の届かない領域」に、自分のコードが入り込めると感じられたからでした。これまで避けてきた、あるいは関係ないと思っていた領域に対して、Web 開発者の視点から手を伸ばせる……Twilio はそんな感覚をもたらしてくれた技術だったのです。
交換手の仕事を Webhook で書くということ
Twilio の中でも特に印象的だったのが、電話の着信や発信を「Webhook で制御する」という仕組みでした。
たとえば、ある電話番号に着信があったとき、Twilio はあらかじめ指定した URL に HTTP リクエストを送ってきます。そのリクエストに対して、応答として TwiML という XML ベースの記法を返すことで、「最初に合成音声で案内を流す」 「番号を押してもらって分岐させる」 「別の番号に転送する」などの処理を指示できます。
この構造を知ったとき、ふと思い浮かんだのは、昔の電話交換手の姿でした。「〇〇様から△△様におつなぎします」と手作業で回線を切り替えていた時代から(それとは比べものにならないほど自動化されていますが)誰と誰を、どうつなぐかという問題を仕組み化しているという点において、やっていることの本質は変わっていないのかもしれません。
もちろん、そのやり方は根本的に異なります。電話の着信は即座に HTTP リクエストとして飛んできて、それに対する応答で通話の流れが決まる……言い換えれば、電話の経路をその場でコードで決めることができる。これは、ゲーム開発の世界で言えば、「ある入力がトリガーとなり、それに応じてリアクションを設計できる」イベント駆動型のロジックに近い感覚です。ただ、その出力先が画面ではなく現実の音声通話であるという点が、 Twilio の面白さだと感じます。
Twilio は、電話という仕組みを「通信インフラ」から「開発対象」に変えてしまった。その構造のシンプルさと、背後にある現実の重み。その両方が、自分にとっては新しい驚きだったのです。
ゲームに Twilio を活用するという試みと限界
Twilio によって電話や SMS がコードから操作できると知ったとき、私は自然と「これをゲームに取り入れたらどうなるだろう?」と考えました。たとえば、物語のある瞬間にキャラクターから電話がかかってきたり、選択肢の応答が SMS で届いたりするような体験は、プレイヤーの現実空間とゲームの世界がにじみあうような感覚を生み出せるのではないかと考えたのです。
実際に私は、Twilio を使って Unity アプリケーションから SMS を送信するテストを行いました。ゲーム内イベントに応じて現実のスマートフォンにメッセージが届くという仕組みは、それだけでプレイヤーの外側の世界に作用するような現実味がありました。現在はまだ検証段階にとどまっていますが、音声通話を組み合わせたインタラクティブな対話体験についても、引き続き構想を練っています。
Unity 側の UI :ボタンを押すと SMS が送信される
スマートフォンに送信されたテストメッセージ
一方で、こうした「にじみあうゲーム体験」には、現実的な制約もつきまといます。まず、通信そのものにコストがかかるという点。Twilio の API は非常に扱いやすい反面、SMS や通話はあくまで現実の通信インフラを使うため、テストを含めて従量課金が発生します。無料で何度でも遊べる一般的なデジタルゲームと違い、繰り返しの動作テストや多数のユーザーを前提とした設計には慎重さが求められます。
また、プレイヤーの電話番号を取得する UX とプライバシー設計にも高いハードルがあります。個人情報としての電話番号をどのように扱うのか、ユーザーの同意をどう得るか、どのタイミングで通知を届けるのか……こうした要素は、ゲームというよりむしろ SaaS や業務アプリの文脈に近い発想を必要とします。
端末の設定や通信状況、OS の仕様など、ユーザーごとに差異のある環境要因に強く依存するのも課題です。アプリ内だけで完結する体験と違って、プレイヤーの環境が予測しづらいため、設計の自由度も制限されやすいのが現実です。
とはいえ、これらの制約は必ずしもネガティブなものではありません。むしろ、簡単には触れられない距離感があるからこそ、Twilio を使った体験には特別な魅力が宿るようにも思えます。たとえば、ゲーム全体を Twilio で構築するのではなく、物語のある一点だけで現実とつながる瞬間を演出するような限定的な使い方であれば、通信のリアリティを最大限に活かしながらもゲームとしての設計自由度を損なわずに済むのではないかと考えています。
この技術はまだ、ゲームにとって実験的な素材かもしれません。ですが、ホラーや代替現実ゲームのようにプレイヤーの感覚を拡張する文脈では、Twilio の持つ特性は唯一無二の武器になり得ると私は信じています。
おわりに
本記事では、ゲーム開発者としての視点から Twilio という通信 API に出会い、どのようにその可能性を捉えたのかを綴ってきました。ゲームはしばしば、虚構の世界を「現実のように感じさせる」ことを目指します。Twilio のような技術を通じて、虚構が現実に染み出す瞬間を演出できたなら、それは今までにない没入体験を生むかもしれません。通信インフラは、ただのデータの通り道ではなく、物語の一部になりうる……そんな視点が、誰かの創作のヒントになれば嬉しく思います。