
UXって何だろう?③ 〜ユーザーを中心に回し続ける「HCDサイクル」〜
前回の記事では、ユーザーの頭の中にある「メンタルモデル(過去の経験に基づく思い込み)」について整理しました。そしてメンタルモデルを理解し、デザインに活かすことも大切だとお話ししました。
しかし、ここで一つ大きな問題が発生します。
「そもそも、私たちのサービスを使うユーザーは、どんなメンタルモデルを持っているのか?」
第1回でお話しした通り「私(作り手)≠ユーザー(使い手)」です。作り手が「ユーザーはこう使うはずだ」と想像だけで進めてしまうと、実際のユーザーの認識とズレが生じます。では、どうすればそのズレをなくし、本当に使いやすいUIを作ることができるのでしょうか?
今回は「作り手の想像」ではなく「事実」に基づいてデザインを改善していくためのプロセス「HCDサイクル」を軸に、代表的なUXのフレームワークを整理していきます。
1.HCD(人間中心設計)とは?
HCDとは「Human Centered Design(人間中心設計)」の略で、システムやサービスを作る際に、常に「それを使う人(ユーザー)」を中心に置いて設計していく考え方のことです。
第1回でUXの定義として引用した「JIS Z 8530:2019(インタラクティブシステムの人間中心設計)」という規格の中で、具体的なプロセスとして定められています。
参考:JIS Z 8530:2019 人間工学−インタラクティブシステムの 人間中心設計
「なんとなくユーザーの気持ちを考える」という精神論ではなく、国際規格化された「実務的な手順」であることがポイントです。

2.着実に正解へ近づく「HCDサイクルの4つのステップ」
HCDは、以下の4つのステップを順番に回していくサイクル構造になっています。

① 利用状況の把握と明示(調査)
まずは「誰が、どんな環境で、何を達成しようとしているのか」を観察・調査します。「ユーザーはきっとこうだ」という想像ではなく、インタビューや行動観察、データ分析などを通じて**「事実」**を集めるフェーズです。
② ユーザーの要求事項の明確化(定義)
集めた事実をもとに、「ユーザーが本当に解決したい課題は何か」「システムはどうあるべきか」を定義します。表面的な「ボタンが欲しい」という要望の奥にある、「時間を短縮したい」といった本質的なニーズを見つけ出します。
③ ユーザーの要求事項を満足させる設計による解決策の作成(設計)
要求を満たすための画面設計やプロトタイプを作ります。ここで初めて、私たちが普段「デザイン」と呼んでいる作業が登場します。
④ 要求事項に対する設計の評価(検証)
作ったデザインを、実際にユーザーに使ってもらいテストします。「本当に使いやすいか?」を検証し、問題があれば①や②に戻って修正します。
このサイクルを何度も繰り返すことで、少しずつ正解に近づいていくのがHCDの本質です。
参考:近代科学社「人間中心設計 入門」
3.他のUXフレームワークとの比較
HCDサイクルと似たフレームワークは他にも存在します。代表的な2つと比較してみます。
デザイン思考(Design Thinking)
IDEOやd.schoolが広めた、世界的に有名なフレームワークです。
Empathize(共感)→ Define(定義)→ Ideate(発想)→ Prototype(試作)→ Test(検証)
HCDサイクルとの最大の違いは、最初のステップが**「Empathize(共感)」**から始まる点です。ユーザーの感情や体験に深く寄り添うことを出発点に置いており、よりクリエイティブな発想を重視した実践的なアプローチです。
参考:d.school
Google UXデザインプロセス
Googleが提供するUXデザイン資格(Google UX Design プロフェッショナル認定証)で採用されているフレームワークです。スタンフォード大学d.schoolが提唱したデザイン思考の5つのフェーズを、実際のプロダクト開発に適用しやすいUXプロセスとして採用しています。
Empathize → Define → Ideate → Prototype → Test
ステップの構造はデザイン思考と同様ですが、各ステップの具体的なツール(ペルソナ、ユーザージャーニーマップ、ワイヤーフレームなど)が丁寧に定義されているのが特徴です。
参考:Google UX Design プロフェッショナル認定証
3つを並べると
| 名称 | HCDサイクル | デザイン思考 | Google UXプロセス |
|---|---|---|---|
| 出典 | ISO国際規格 | IDEO / d.school | |
| ステップ数 | 4つ | 5つ | 5つ |
| 出発点 | 利用状況の把握 | 共感(Empathize) | 共感(Empathize) |
名前や細かいステップは違いますが、「ユーザーを中心に置き、作って検証してを繰り返す」という本質はすべて同じです。どのフレームワークを使うかよりも、このサイクルを回し続けること自体が大切だと考えます。
4.UIのルールは「解決策の作成」で活きる
ここで、UIシリーズ(全9回)との関係を整理しておきます。
UIシリーズ(全9回)との関連性
アイコン、色使い、コンポーネント、タイポグラフィ、余白(グリッド)など、UIデザインの定石を整理しています。
UIって何だろう?① 〜ポスターとアプリケーションの違い・静的デザインと動的デザイン〜
UIって何だろう?② 〜アイコンの役割とデザインのポイント〜
UIって何だろう?③ 〜色使いの基本と効果的な活用法〜
UIって何だろう?④ 〜コンポーネントの役割と再利用の考え方〜
UIって何だろう?⑤ 〜タイポグラフィの基本とUIデザインにおける役割〜
UIって何だろう?⑥ 〜グリッドシステムと空白〜
UIって何だろう?⑦ 〜なぜWebとアプリで見た目が違うのか?〜
UIって何だろう?⑧ 〜アクセシビリティの基本と使いやすいデザインの関係〜
UIって何だろう?⑨ 〜状態とフィードバックで作るデザイン〜
UIシリーズで学んだアイコン・色・タイポグラフィ・余白などの知識は、HCDサイクルの「③設計による解決策の作成(設計)」のステップで強力な武器になります。
「①利用状況の把握と明示(調査)」「②ユーザーの要求事項の明確化(定義)」でどれだけ素晴らしいユーザーの課題を発見しても、画面にする段階で「色がバラバラで読みにくい」「タップ領域が狭くて押せない」となってしまっては、「④設計の評価(検証)」で「使いにくい」と判断されてしまいます。
UIのロジックを知っているからこそ、ユーザーの課題解決という本質的なUXデザインに集中できる。UXシリーズは、そのUIシリーズの続きとして位置づけています。
ただし、このサイクルは「一度回して終わり」ではありません。

5.リリースは「実験の始まり」
「デザイン」という言葉を聞くと、絵画やポスターのように「一度完成したら終わり」というイメージを持つ方も少なくありません。
しかし、第1回で定義した通り、アプリやWebは「使うもの(動的デザイン)」です。UXデザインにおいてリリースはゴールではなく、「私たちの仮説(デザイン)が正しかったかを検証するための、データ収集のスタート」に過ぎません。
一度で完璧なものを作るのではなく、HCDサイクルをぐるぐると何度も回しながら、少しずつ正解(ユーザーにとっての最高の体験)に近づけていく。これがUXデザインの最も重要なポイントであると考えます。

6.おわりに
今回は、UXデザインの土台となる3つのフレームワークを紹介しました。
- HCDサイクル(ISO国際規格)
- デザイン思考(IDEO / d.school)
- Google UXデザインプロセス
名前は違っても、本質はすべて同じ。「ユーザーを中心に、作って・検証して・直すを繰り返す」です。
このサイクルを回し続けることで、きっと本来のサービス・コンテンツの価値をユーザーに届けることができるでしょう。










