
【セッションレポート】データによる製造業デジタル変革の実践(AWS-32) #AWSSummit
はじめに
この記事は、 2025 年 6月 25 日に行われた AWS Summit Tokyo 2025 のセッション『データによる製造業デジタル変革の実践(AWS-32)』のセッションレポートとなります。
セッション概要
製造業におけるデータ活用の壁は、「作成」「取得」「利用」の 3 つの段階で生じています。具体的には、設計時の CAD データや手順書などの作成段階、製造ラインのセンサー情報や市場の製品からの取得段階、そして分析・予測への利用段階です。これら各段階で発生する課題が、スピードや活用の範囲、生み出される価値を損なっています。本セッションでは、設計から保守までの製品ライフサイクル全体を通じて、断片化したデータを有機的につなぎ、実践的な価値を引き出すアプローチをご紹介します。HPC を活用した設計データ開発の加速、IoT を活用したデータの取得、AI アシスタント実装による改善など、業務改革に実践可能な方法論をお伝えします。
セッションスピーカー: 佐山 朝葉 氏
所属:アマゾンウェブサービスジャパン合同会社
技術統括本部エンターブライズ技術本部 自動車・製造グループ 第一ソリューション部
ソリューションアーキテクト
デジタル変革とは何か
冒頭で「デジタル変革」の言葉の定義から行い、聴講者との認識を合わせるところからセッションはスタートしました。
デジタル変革は、単なるデジタル技術の導入ではなく、データとデジタル技術を活用し、顧客価値の創出や業務・組織の変革を実現し、競争上の優位性を確立することが本質であると、紹介されました。
しかし、国内企業の現状は厳しいのが実情です。ものづくり白書によれば、個別の改善は44.1%、プロセス全体の改善は僅か26.5%にとどまっています。多くの企業が、デジタル変革の課題に直面しているのです。
この背景には、多くの企業がDXの戦略や指標の決め方に悩んでいるという実態があります。佐山氏は、デジタル変革を成功させるためには 「ビジョン・ビジネス戦略に基づいた評価指標を定め、一度仕組みを構築して終わりにするのではなく、PDCAサイクルを回し続けることが大事です」 と語りました。
(※KPIの具体的な定め方については、昨年の AWS Summit Japan 2024 のセッションも参考にしてほしいとのことです。)
(筆者注:ここまでの話はよく見聞きする話で、技術ありきで話が進み成果物やゴールイメージがあいまいなまま進んだ結果、DXが進まないという話はよく聞きます。
あらためてデジタル変革の定義を行うことで、聴講者の目線を「目指すべきゴール」にフォーカスすることで、セッション全体のストーリーがわかりやすくなる印象を受けました。)
製造業が抱える具体的な課題
製造業では、CRM、PLM、MES、ERPなど、業界特有の多様な業務領域に膨大なデータが存在します。しかし、それらのデータを「ただ貯めているだけで活用できていない」という課題が多くの企業で見られます。
もしこれらのデータを最大限に活用できると、どのような世界が実現するのでしょうか。
佐山氏は、バリューチェーンの全てのデータが連鎖し、新たな価値を創出する未来像を、eバイクの製造工程を例に挙げて説明しました。
ここでは、理想的な未来の姿として設計開発、販売、新サービスの企画のそれぞれがデータの連鎖によって繋がり、価値創出のサイクルを構築できることを紹介されました。
クラウドがもたらす革新的なアプローチ
続いて、現場の困りごとをデータの「作成」「取得」「利用」の3つの側面に分解し、各フェーズで具体的なソリューションを紹介されました。
データの作成:設計プロセスの効率化とノウハウのデータ化
設計開発の分野では、Research and Engineering Studio on AWS(RES) と呼ばれるソリューションが紹介されました。これは、研究開発用の仮想デスクトップ環境を簡単にデプロイ、管理できるAWSのソリューションで、必要とされるデスクトップ環境を自由に構築して利用できるようになる一方で、管理者は予算を設定し過剰な利用を制限するなどの機能を備えています。
また、大規模な HPC 環境も AWS ParallelClusterやAWS Parallel Computing Serviceにより柔軟に構築、利用することが可能で、先程の RES とも連携できるので容易に利用できる環境が揃っています。
これらのサービスを活用することで CAD/CAE の設計業務の生産性を向上させ、各種の大規模なシミュレーションを効率的に行うことができるようになります。
更に、データ作成の観点で熟練者のノウハウがデータ化されていないという課題に対する AI 活用として、熟練者との通話を文字起こしし、生成AIでデータ化するという、これまで困難とされてきた方法論も提示されました。
データの取得:多様な機器・設備データの収集戦略
IoTデバイス、とくに製造現場の機器や設備からのデータ収集・クラウド連携は、従来困難とされてきました。AWS IoT Greengrassは、産業用PCやラズベリーパイなどに容易にインストールでき、複雑なデータ収集プロセスを簡略化します。
ここで佐山氏は、 データ収集の目的を明確にすることが重要 だと語ります。漠然としたデータ収集は、不要なクラウドコスト(例えばストレージ利用料金など)を生み出すリスクがあるためです。
次に、産業データの収集・構造化を支援する 「AWS IoT SiteWise」 も紹介されました。
AWS IoT SiteWise を使えば、製造現場の設備などの機器から取得できるデータ構造をテンプレートとして定義でき、複数工場の大量データを効率的にモデル化・管理することで、工程別データの比較や全体の流れの確認が容易になります。
データの利用:意思決定の加速・サイロ化からの脱却
AWS Supply Chainは、Amazon.com の知見を活かしたサービスです。分散する複数のERPデータを、そのまま抽出・統合し、サプライチェーン全体の可視化や需要予測を実現します。
AWS Supply Chain によって、ダッシュボードの作成など課題解決の本質的ではない作業を簡略化・省略し意思決定に時間をかけられるようになります。
また、AWSは 製造業における生成AIの活用に注目しています。特に「AWS IoT SiteWise Assistant」は画期的な機能を提供します。このアシスタントは、SiteWiseで収集したセンサーデータだけでなく、マニュアルや過去の履歴に基づいたアドバイスを可能にします。
重要なポイントは、単なる技術導入ではなく、その業務に詳しい人の観点を活用することです。 生成AIの効果的な活用には、詳しい人と素早くシステムを作り、その後も共に開発サイクルを繰り返すアプローチが鍵となります。
具体的な活用例としては、Amazon Qを用いた素早い検証システム開発や、Amazon Bedrockによる設備トラブルの記録作成などが挙げられます。これらの事例は、生成AIが製造業においてもはや概念段階ではなく実用段階にあることを示しています。
(筆者注: 私も普段から製造業の情報収集を行っていますが、実際に欧米とくにドイツの Siemens 社などは、生成 AI の実用的なソリューションの展開が本格化してきており、国内の製造業でも「生成 AI の活用が模索されている」という状況を感じます。)
また、昨年あたりから re:Invent などでも紹介されるようになった、IDF(Industrial Data Fabric)についても言及がありました。IDF は産業環境における様々なソースのデータを効率化・統合するために設計された包括的なデータ管理フレームワークのことです。
サイロ化を解消するために AWSではアーキテクチャフレームワークとして提唱しています。
IDF に関しては、具体的なリファレンスアーキテクチャも公開されている一方で、課題やユースケースに応じて最適解は分かれるため、AWSのパートナーやソリューションを活用する選択肢を紹介されていました。
変革の第一歩を踏み出すために
佐山氏は、デジタル変革における重要な点は 「一歩を踏み出すこと」 だと強調し、セッションを通して考え方やクラウドを使うことのメリット、具体的なサービスやソリューションの紹介を行い、ユーザーを後押しするメッセージを訴え続けました。
最初の一歩の踏み出し方として、まずは必要な部分から動くものを作り試行錯誤のサイクルを素早く回していくことが重要です。これはセッションの中で何度も伝えられていました。
例えば、手動で工場のPCにあるデータをクラウドに移してBIで可視化するという形で小さく始めてみることが重要です。
(筆者注:私も「まずは始めてみる」ことは製造業に限らず重要な点だと感じます。始めることによって、想定していなかったり見えていなかった課題が浮き彫りになり、改善のサイクルが回り始めます。)
具体的に何からやればいいか分からなければ、ハンズオンやサンプルが AWS から公開されているので、試しにやってみることも効果的です。
これらは具体的な機器や設備がなくても始められます。
一歩を踏み出すのが難しい場合
セッションの最後に 「最初の一歩を踏み出すことが難しい」 場合の考え方が紹介されました。
それは AWS が持つ「物事の進め方」に関するものでした。
- 1 way door: 決断すると後戻りできない
- 2 way door: 決断して実行後にやり直せる
AWSは「2 way door」の思想、つまりやり直しが可能な意思決定を推奨し、企業の試行錯誤を後押しします。
クラウドは何度でも素早く作り直し試行錯誤を繰り返すことができます。クラウドの特性を活かし、デジタル変革の取り組みを加速化させることが大切です。
「世の中に 1 way door は決して多くない。クラウドの活用はまさに 2 way doorであり、作り直しや改修が容易なため、試行錯誤を強力に後押しします」 と佐山氏は語ります。
また、動くものを作る以外にも関係者との対話も大切です。
立ち止まってしまったとき、必要なデータを持っている関係者に聞いてみると話が進むことも大いにあります。
「周囲の方との対話や動くものを作るところから最初の一歩を踏み出してみてほしい」 というメッセージとともにセッションは終了しました。
セッションを聴講して
数年前からAWSのアジリティを活かして、製造業データの収集・活用がテーマのセッションを聞いてきましたが、今年は生成AIの活用が具体的なユースケースを伴って紹介されていました。
生成 AI が本格的な活用のフェーズに入ったことで、これまで以上に試行錯誤を繰り返しやすくなった現状に対して、製造業においても「試行錯誤の重要性、明日から始められるアジリティ」をこれまで以上に強く訴える内容だったのが個人的には非常に印象的でした。