
【セッションレポート】ボイスAIとテレフォニーDX:次世代カスタマーエンゲージメントの実現 #SIGNALCONF
はじめに
SIGNAL World Tour Tokyo で聴講したセッションのレポートです。
音声で応対する AI (ボイス AI) を自社製品として販売する AI Shift・モビルス・IVRy の 3 社が登壇しました。3 社は案件で競い合う間柄でもあり、本音の見通しや製品作りの考え方が率直に語られました。本レポートでは、各社が製品作りで重視している点から紹介し、そのあとで AI 化の見通しと、人と AI の役割分担についての議論を取り上げます。
セッションの概要は次の通りです。
- タイトル: ボイスAIとテレフォニーDX:次世代カスタマーエンゲージメントの実現
- 登壇者:
- 田島 努 氏 (株式会社AI Shift 執行役員)
- 石井 智宏 氏 (モビルス株式会社 代表取締役社長)
- 奥西 亮賀 氏 (株式会社IVRy 代表取締役・CEO)
- モデレーター: Kei Nagai 氏 (Twilio Account Executive)
- 日時: 2026 年 10 月 8 日 17:50 から 18:10
製品作りで重視している点
セッションの終盤、モデレーターの Nagai 氏は「ちょっと違うんだよな」と感じる場面があるという利用者としての実感を挙げ、導入する企業の不安を拭うために各社が何にこだわっているのかを尋ねました。3 社の答えは、それぞれ異なる観点を示すものでした。
| 登壇者 | 重視している点 |
|---|---|
| 田島氏 (AI Shift) | 問い合わせへの応対だけでなく、用件をその場で片付けきること |
| 石井氏 (モビルス) | 1 件の応対にかかる費用を抑えること |
| 奥西氏 (IVRy) | 誰でもすぐ使えることと、埋もれていた通話データを活かすこと |
用件をその場で片付けきる
田島氏は、評価の目が会話の自然さに向きやすいなかで、AI Shift が大事にしているのは業務が最後まで終わることだと述べました。予約の電話であれば、予約を取る・取り消す・日時を変えるところまで AI が実行できるよう、裏側の業務システムとつなぎ込みます。会話の間合いや聞き取りの精度も必要ですが、それ以上に顧客の用件をその場で解決しきる作り込みが重要だという考えです。案件ごとの個別開発が多く手間はかかるものの、そこに向き合ってきたと述べました。
1 件あたりの費用を抑える
石井氏は、構築や運用に加えて、1 件の応対にかかる費用が後々まで効いてくると指摘しました。精度を求めて最も高性能なモデルを使いたくなりますが、それでは採算が合いません。安価な小さいモデルで済ませる場面や大きなモデルに切り替える場面、そもそも AI を使わない場面を、1 回の応対の中で使い分けるように組み上げているそうです。
誰でも使え、通話をデータに変える
奥西氏は、IVRy が月額数千円から使える AI 電話であることから、だれでもすぐ簡単に使い始められることにこだわっていると述べました。もう 1 つの着眼点は、会社の代表番号や部署の番号、店舗の番号にかかってくる電話です。コールセンターと違い、こうした電話はこれまで記録すら残っていませんでした。応対を効率化するついでに通話をデータとして蓄え、それまで見えていなかった顧客の声を AI で分析して事業に活かす仕組みを作っていると述べました。
Nagai 氏はこれを受けて、Twilio では音声や応対の履歴をコンテキストデータと呼び、手軽かつ安全に管理して使い回せるようにしていると補足しました。
AI 化の見通し
議論の序盤では、石井氏が他の 2 人に、AI に置き換わる呼量の割合と、そこに至るまでの年数の見立てを問いかけました。
石井氏自身は「あと 4 年で 80%」と、ふだんから公言していると述べました。奥西氏は、街のラーメン店から大手企業まで導入先が幅広いことを踏まえ、中小企業も含めれば 10 年で 5 割から 7 割ほどという感覚を示しました。
田島氏は 2 段階で考えていると述べました。会話の性能が十分に高まって大半を任せられるまでには、10 年ほどかかる見込みです。一方で、いまの技術でも任せられる範囲は全体の 4 割ほどあり、そこに届かない理由は技術ではなく、業務の流れや既存システムとの接続にあるとしています。その 4 割は 3 年ほどで実現したいと述べました。
田島氏はこの前段で、AI 化が進まない背景にも触れていました。使われる AI の多くは欧米製で、日本企業は海外で先に進んだ事例を手本にして導入を考えがちです。ところが、5 月にサンフランシスコの SIGNAL に参加した田島氏が改めて感じたのは、手本となる海外と日本との前提の違いでした。日本は主要国で最も高齢化が進み、しかも日本語は日本でしか使われていません。海外の AI が先を行く状況が当面続くとすれば、この差を埋める作業こそ日本企業が価値を出せる場所になると田島氏は述べました。
人と AI の役割分担
Nagai 氏は、すべてを AI で完結させる形と、AI が下準備をして人に引き継ぐ形を比べ、日本の市場に合う形について意見を求めました。
奥西氏は、Slack や LINE が広まった今もメールが使われ続けていることを例に、人が行動や連絡手段を変えるには長い時間がかかると述べました。用件がはっきりした会話は AI に任せやすい一方、何を相談したいのか本人も定まっていない会話もあります。AI に任せられる範囲は広がっても、やり取りの多様さそのものは残るとの見方です。
田島氏の立場は他の 2 人と少し異なります。AI Shift は、オペレーターを支援する製品をほとんど手がけていません。田島氏は、文字を打つのはある種の特殊な技能だと述べました。だれもが使える声での会話だけで用件が済むほうが人にとって楽であり、AI だけで応対を終えられる状態を理想としています。現実には、しばらく人と AI が組み合わさった形が続くとも付け加えました。
石井氏は、自社の事業の立場からは、人が関わる余地は残ってほしいと冗談交じりに述べました。
通信の基盤を外に任せる理由
3 社に共通するのは、電話回線の部分を Twilio に任せていることです。石井氏はその理由を「餅は餅屋」と表現し、奥西氏も同じ言葉を使いました。
モビルスはチャットボットと有人チャットから事業を始めた会社です。石井氏によると、自社で電話を扱う道も試したものの、当時は Asterisk に通じたエンジニアが見つからなかったそうです。音声に踏み出して驚いたのは、求められる稼働の水準がチャットのときよりも厳しいことでした。顧客からは「何があっても落ちるな」と求められ、大企業向けには数百回線の規模にも応えなければなりません。石井氏は、モビルスが力を注ぎたいのは AI エージェントの管理画面や UI の作り込みであり、そこで他社と差をつけたいと述べました。
奥西氏は、IVRy が小規模事業者向けから大企業へと広がった経緯を語りました。石井氏から、大企業の案件に入ってきて変わった点を問われると、小規模事業者でも簡単に使えて満足できる品質を追い求めた結果、大企業でも満足される製品になっていたと答えました。大企業のコールセンターで AI への関心が高まり、思いのほか問い合わせが増えたことも後押ししたそうです。電話の専門性が高くないなかでも、使い勝手と AI の作り込みに開発を集中できたことが成長を支えたとし、現在の累計アカウント数はおよそ 7 万にのぼると紹介しました。
感想
競合する 3 社が、用件の完了・費用・通話データの活用など、それぞれ異なる観点から製品を磨いていることが分かり、ボイス AI を現場で使えるものにするための論点が具体的に見えたと思います。電話の基盤は任せて自社の強みに集中するという考え方が、3 社とも一致していた点も印象的でした。










